激励

先輩は僕より一回りくらい年上だった。
わざわざ明石市から加古川市の講演会場まで足を運んでくださった。
初対面のような気がしなかったのは僕の本を幾度も読んだとおっしゃってくださった
からだろう。
僕達は地域も年齢も違うけれど40歳くらいで失明したというのが共通点だった。
忍び寄る失明という恐怖の中で、
大好きだったそれまでの仕事に断腸の思いでピリオドを打った。
働き盛りで家族も養わなければならないという現実も襲い掛かった。
先輩は生きていくためにマッサージ師という職業を選択された。
僕は別の道を選択した。
その頃を僕達はそっと振り返った。
お互いに精一杯生きてきた時間がそこにあった。
「僕達がこうして頑張れたのは僕達の前を歩いてくださった先輩達のお蔭だね。
そして僕達も後輩達の前を歩いている。
穴ぼこだらけの道の穴を1人でひとつ埋めることができれば、
いつか道はよくなっていく。」
先輩は淡々とそして噛みしめるようにおっしゃった。
僕は握手をお願いした。
僕達はお互いの顔さえ見ることはできない。
けれども同じ未来を見つめて生きてきたのも、
これからも歩き続けようとしているのも間違いないことだった。
「先生、日本中を飛び回ってください。
また続きも書いてください。」
僕は先生ではない。
でもそんな表現に固執する気にもならなかった。
先輩の手からの激励をしっかりと握りしめて、
これからの活動を頑張りたいと思った。
(2017年3月5日)

大きな玉ねぎ

火曜日は18時から21時まで会議があった。
それから新宿のホテルにチェックインしてあっという間に朝を迎えた。
水曜日は9時から17時過ぎまで昼食の1時間以外は断続的に会議が続いた。
出席者は愛媛、大阪、京都、東京、埼玉、新潟、
しょっちゅう会える環境ではないし議題も多いのだから仕方がない。
時間の長さに反比例していく思考能力との闘いのような会議だった。
帰路高田馬場から大手町に向かう地下鉄の車中では、
僕はただ茫然自失という感じで座席に腰かけていた。
九段下の駅で電車のドアが開いた時、
駅の情報を知らす放送などがいつものように流れてきた。
その中のほんの一瞬の音楽が「大きな玉ねぎの下で」だと気づいた。
イントロクイズに正解したみたいな感じだった。
気づいた瞬間から懐かし音楽のサビの部分が頭の中で回転した。
僕は武道館を見た経験はなかったのだけれど、
メロディには一緒に共有した時代があった。
身体も心も安らいでいくのを感じた。
音楽っていいなぁってしみじみと思った。
久しぶりにカラオケでも行ってみたくなった。
(2017年3月2日)

親友のお母様

親友のお母様の訃報が届いた。
知った瞬間からしばらく思考能力は停止していた。
身体が凍ってしまったような感じになった。
自然に合掌した。
それから思い出が少しずつ蘇った。
高校生の頃いろいろと迷惑をかけた。
やんちゃな時代を過ごしていた僕達にいつも笑顔で接してくださった。
その笑顔が蘇った。
生まれてきた命はいつか必ず消えていく。
知っている筈なのに判っている筈なのに、
やっぱりとっても辛くて悲しい。
誰もが通る道、
いつか僕も通る道、
そう自分に言い聞かせてもう一度合掌した。
そして親友の心の平穏を願った。
お母様が微笑んでくださったような気がした。
(2017年2月27日)

春の日差し

細かな雪が顔に当たったのも判っていた。
風の冷たさも感じていた。
まだまだコートは脱げないと思っている。
それなのにどうしてだろう。
春一番が吹いたニュースを聞いたからでもない。
僕の目は光を感じることはできない筈なのに、
ふと日差しの柔らかさに気づいている僕がいる。
その柔らかさが日々膨らんでいることも知っている。
きっと目以外の感覚でそれを感じているのだろう。
そしてその瞬間を幸せだと思う僕がいる。
目が見えることと見えないことを比べれば、
見える方がいいに決まっている。
それなのに幸せな気分には何の隔たりもない。
いつでもどこでもどんな状況でも、
人は幸せになれるってことなのかもしれない。
幸せを感じると僕はすぐ次の幸せを追い求めてしまう。
日差しの柔らかさを感じながら梅の花を思い出し、
梅のお菓子を食べたいなと想像してしまう。
まだまだ修行が足りないってことかな。
(2017年2月22日)

バックミラー

バス停でバスを待っていた。
点字ブロックの上で静止しているから危険はない。
ぼぉーっとしながら耳だけが仕事をしている状態だ。
手も足も鼻も口もひょっとしたら脳までもが休憩中かもしれない。
のんびりとしたいい時間だ。
やがてバスらしきエンジン音を耳がキャッチした。
「29号です。少し開いています。」
運転手さんは僕にバスの系統を伝えた後、
ミラー越しに僕の動きを確認してくださっていたのだろう。
だから歩道とバスの間隔の情報が自然に出たのだろう。
僕はその情報があったので一度車道に降りて一歩バスに近づいてから乗車した。
何の問題もなく危険もなく乗車できた。
「3歩先の前向きの席が空いています。」
マイクからは運転手さんの次のアドバイスが流れた。
僕は流れるように自然に座席に座った。
「ありがとうございます。」
僕は運転手さんに届くように大きな声で御礼を言った。
「バスが発車します。」
またまた運転手さんの声が流れバスは発車した。
静かだった車内からいくつかの話し声などが聞こえだした。
静かだったということは他の乗客は乗車してくる白杖の僕の動きを見ておられたのか
もしれない。
斜め後ろの座席からおばちゃん達の会話が聞こえてきた。
「朝からこんなバスに乗れたら気持ちいいなぁ。」
「全部こうやったらいいのになぁ。」
運転手さんの僕への対応についての感想なのだろう。
バスの中はなんとなく暖かな雰囲気になっていた。
やがてバスはいくつかの停留所を過ぎてそのおばちゃん達も降りられるようだった。
「運転手さん、ありがとう。」
おばちゃん達はちょっと大き目の声だった。
ひょっとしたら僕に代わって御礼をおっしゃったのかもしれない。
バックミラーでは確認できないだろうけど、
僕はそっと頭を下げた。
(2017年2月17日)

ケナフの葉書

僕は時間の都合がつかなくてイベント会場には行けなかった。
僕に会えなかった少女は一枚の葉書をスタッフに託けた。
スタッフから連絡はもらっていたがそれを受け取る機会もなかなか作れなかった。
おまじないのように栄養ドリンクを飲みながら多忙な日々を過ごしていた。
スケジュール調整は自分でやっているので自己責任ということになる。
雪が舞う連休も早朝から家を出た。
同行援護の指導者研修の講師の仕事だった。
受講生は全国から集まるから休むことは許されない。
会場に着いて講義をする前から少し疲労感を覚えていた。
そのタイミングでスタッフから葉書を受け取った。
たまたまそのタイミングになってしまったというのが事実だ。
触った瞬間にそれは普通の葉書ではないことが判った。
ケナフという植物を使ったものだった。
少女の手作りだった。
「困っている人を見かけたら助けられる大人になりたい。」
少女の言葉が輝いていた。
出会ってから2年以上の歳月が流れていたことを知った。
やさしさが指先から身体に注入されていくような不思議な感覚になった。
表情が少しずつ柔らかくなっていくのを自覚した。
ちょっと大人になった少女に会ってみたくなった。
(2017年2月12日)

春姫

故郷の鹿児島から春姫がやってきた。
届いた春姫を水洗いして口に運んだ。
早春の香りがした。
齧ると甘さの中に確かにほんの少しの苦みもあった。
生まれたての春の味だ。
つい手が出て何粒も口に運んだ。
ラジオのニュースは寒波の襲来を告げている。
本当の春はまだ遠くらしい。
ぼぉーっとしながらまた一粒口に運んだ。
微かな苦みが幸せにつながっていくことに気づく。
ふと自分の日々の活動に思いを寄せる。
春は遠い。
でもきっと来る。
そこに向かって歩くこと、
希望に向かって歩くこと、
その道程が僕の幸せのひとつなのかもしれない。
(2017年2月9日)

女子高生

早朝の道は行き交う人も誰もいなかった。
時間の余裕を持って家を出たから気持ちのゆとりもあった。
僕は家からバス停までの道をゆっくりと歩いた。
心の中で歌を口ずさみながら歩いた。
時々そんな感じで歩いている。
決まった歌があるわけではない。
青春時代に出会った歌がほとんどだ。
いい気分で歌っているのだが、手だけはいつも頑張って仕事をしている。
白杖を左右に動かし前方の安全を確認しながら、
同時に路面からの情報をキャッチしてくれている。
休むことなく怠ることなく白杖を動かしている。
小さな段差があったり道に物が置いてあったりするし、
目的のバス停も点字ブロックで確認している。
いつも頑張ってくれている手をうれしく思う。
ただ手袋をすると白杖からの伝わり方は弱くなる。
冬は失敗がちょっと多いかもしれない。
「そこです。」
突然小さな声がした。
どうやらバス停の点字ブロックに気づかずに通り過ぎようとしたらしい。
立ち止まって再確認したら確かに点字ブロックがあった。
「ありがとうございます。助かりました。」
僕の声に彼女の朝の挨拶が重なった。
「おはようございます。」
尋ねてみたら女子高校生だった。
小学校の時に僕と出会ったらしい。
「声をかけるって勇気がいるよね。」
「自然に声が出てしまいました。」
彼女は笑った。
冷たい空気の中の彼女がキラキラと輝いていた。
やがてバスが来て乗車した。
僕は座席に座ってまたさきほどの歌の続きを口ずさんでいた。
僕にも高校生の頃があったなと懐かしく思えた。
(2017年2月8日)

別れ

節分が過ぎ立春が来て、
今朝はちょっとあたたかな雨がシトシト冬を溶かしている。
土の下では新しい生命が産声をあげ始めているのかもしれない。
僕はシーズー犬のスーちゃんの終る生命を見送った。
一緒に過ごした15年の日々が走馬灯のように蘇った。
一度もその姿も顔も見たことはないはずなのに何故か思い出すような感覚になった。
悲しみが身体中を支配した。
悲しみに抵抗する気にもならなかった。
ただ自然の摂理をそのまま受け止めた。
春夏秋冬、思いを織りなしながら時が過ぎていく。
それが生きていくということなのだろう。
いつか終わるから尊いのかもしれない。
大切に生きていかなくちゃ。
せっかく今生かされている僕の命、大切にしなくちゃ。
(2017年2月5日)

リズミカル

阪急烏丸駅から地下鉄四条駅へ繋がる点字ブロックの上で僕は立ちつくした。
つい数十秒前まではいつものように軽快に歩いていた。
点字ブロックの端を白杖の先で触りながらリズミカルに歩いていた。
歩きながら一瞬何か考え事をしてしまったのだと思う。
気づいた時には自分がどの地点にいるか判らなくなってしまっていた。
いつもの場所、何百回もいや何千回も歩いている場所、
そこで迷子状態になってしまったのが情けなかった。
悔しかった。
耳を澄ませても音だけでは解決できそうになかった。
手がかりになる階段までバックしようかと思ったところで、
「何かお手伝いしましょうか?」
若い女性の声がした。
「僕は今迷子状態です。四条駅の反対側まで行きたいのです。
多分、改札口の左側に通路があると思うのです。」
僕は必至で伝えようとした。
必死さが伝わってしまったのだろう。
「地下鉄の北改札口ではなくて南改札口に行きたいということですね。」
聡明そうな彼女は笑顔でゆっくりと答えた。
その笑顔を感じた瞬間、僕の力みが消えた気がした。
僕は彼女の肘を借りて通路の入口まで移動した。
たった数メートルだった。
これが解決できないのが見えないということなのだ。
いつもは忘れて生活しているのだろう。
見えないということを自覚した時はやっぱり寂しい。
実際落ち込みかけていた。
それがたった数分間の人間同士のやりとりで笑顔にまでなってしまうのだ。
「ほんまに助かった。おおきに、おおきに。」
僕はありがとうカードを渡してまた歩き始めた。
いつものようにリズミカルに。
(2017年1月30日)