「先生、山がブロッコリーみたいです。マヨネーズで食べたら、おいしそうです。」
突然歩みをとめた彼女は、そう言いながら、東山に目を向けた。
専門学校で出会ってからもう何年になるだろう。
時々、僕のガイドをしてくれる。
日常の口数は極端に少なく、
二人とも無言で歩いていることが多い。
最低限、安全な移動に必要なことと、
僕が喜びそうなことだけを伝えてくれる。
知り合ってからの長い時間は、
僕が何を見て喜ぶのかを、
いつのまにか彼女に伝えたのだろう。
僕がうれしそうに感謝を伝えると、
「喜んでいただけてよかったです。」
彼女は、うれしそうに、ただそれだけを言う。
僕はたまたま、自分が見えなくなったことで、
視覚障害を伝えたり教えたりすることが多くなった。
先生と呼ばれることも多くなった。
でも、今日も、教え子の彼女から教えられた。
大切なのは、伝えようとする気持ち、
相手の心に届けようとする姿勢なのだ。
ブロッコリーにマヨネーズをかけて食べたくなった。
(2013年5月25日)