仕事を終えて桂川駅に着いたのは17時くらいだった。
夕方の駅は少し混み始めていた。
僕はホームに着くとアナウンスに耳を傾けた。
「次の電車は京都行きです。」
「次の電車は京都方面、米原行です。」
この二つの放送をしっかりと聞き分けなくてはいけない。
京都行きの電車は京都駅では4番線に入る。
3番線の湖西線に乗り換えるためには階段を上り下りしてホームを移動しなければい
けない。
それはリスクが高い。
米原行は京都駅では2番線に入る。
同じホームの反対側が3番線だから湖西線乗り換えには便利なのだ。
僕は京都行の電車を見送って、次の米原行を待った。
やがて電車接近の警告音が流れ始めた。
僕はゆっくりと息を吸ってそしてゆっくりと吐いた。
白杖を握りなおして気持ちを集中させた。
停車している数十秒の間に乗り込まなくてはいけない。
耳を澄ませてドアの位置を探す、白杖使ってノリ口を確認、流れるように動くのがコ
ツだ。
見えなくなってもう数えきれないくらいやっている作業なのに毎回緊張する。
電車とホームの間には落とし穴が待っているのだ。
電車が到着してドアが開いた瞬間だった。
「一緒に乗りましょうか?」
女性の声だった。
「肘を持たせてください。」
僕は彼女の肘を持たせてもらって乗車した。
彼女は座るかを尋ねてくださったが京都駅までは5分くらいなので入り口の手すりを
掴んで立つことを選んだ。
僕はありがとうカードを渡しながら感謝を伝えた。
京都駅に到着した時、先ほどの女性が乗り換えの手伝いを申し出てくださった。
彼女は京都駅下車ではないとのことだったので、僕は一応辞退した。
それでも彼女は次の電車に乗るから大丈夫と言ってくださった。
同じホームの反対側、そんなに距離はない。
それでも人波を横切っていくのだから見えない僕には大変だ。
僕は彼女に甘えることにした。
彼女は左右に移動しながら人波の河を渡ってくださった。
上手に横切って僕を反対側に停車していた電車に乗せてくださった。
そして座るかと尋ねてくださったが僕は手すりを選んだ。
安全に乗れただけで十分だった。
僕は再度彼女に感謝を伝えた。
それからしばらくして反対側の電車が発車した。
多分彼女は間に合っただろう。
僕はほっとした。
わずか数十秒のことだった。
見も知らぬ人のために人は動くことができる。
人間って素晴らしい生き物だと思う。
そしてそれを感じる時、僕はつくづく幸せ者だと思ってしまう。
僕は手すりを握ったまま、反対側の電車の音に頭を下げた。
(2025年1月26日)