少年から届いた手紙は点字で書かれていた。
少年は小学校2年生、全盲だった。
先日伺った小学校にお母さんと一緒にきてくれていた。
4年生対象の講演だったから話の内容は2年生には少し難しかったかもしれない。
それでも一生懸命に話を聞いてくれたのが伝わってきた。
手紙には、大人になったら楽しいことがたくさんありそうだと書かれていた。
そう感じてくれたとすれば、講演会場には豊かな時間が流れていたのかもしれない。
そのことについては、僕はうれしく感じた。
少年にとっては当たり前のことなのだろうが、達者な点字に驚きながら読んだ。
ふと指が止まった。
「まつながさんわ めが みえない だいせんぱいです。」
点字は聞こえる音を文字で現すのが基本だ。
だから、「まつながさんは」ではなく「まつながさんわ」になる。
「だいせんぱい」という文字を僕は幾度か指先で確認した。
そして、恥ずかしい気持ちになった。
これまで出会った同じような少年少女達のことを思い出した。
いろいろな地域で全盲や弱視の子供達と出会った。
今でもつながっている人も複数いる。
子供達が大人になった時に就職に苦労している現実が今でもある。
社会はまだまだ障害を正しく理解してくれているとは思えない。
後輩達のために僕にできることは何だろう。
自らに問い続けてきたのは事実だ。
そして無力を思い知らされてきた。
結局、自問自答の後にたどり着くのはいつも同じだ。
コツコツとメッセージを発信していこう。
ささやかだけど、僕にできることをやり続けよう。
見えなくなってからの25年を超える歳月、僕なりに頑張ってきたつもりだ。
でも、だいせんぱいどころかちゅうせんぱいにもなれなかった。
少年の手紙を読み終えて思った。
せめて、しょうせんぱいくらいにはなりたい。
心の底からそう思った。
(2024年11月4日)