大学のカフェで学生と待ち合わせの約束をしていたのだが遅くなっていた。
出かける前にバス時刻を確認したつもりだったが間違っていたらしい。
30分に一便しかないバスに乗り遅れて焦って動いていた。
烏丸御池駅で東西線を降りた時だった。
「お手伝いしましょうか?」
女性の声がした。
急いでいた僕は彼女の声をとてもうれしく感じた。
行先を尋ねたら、たまたま同じ竹田駅だった。
僕は急いでいることを伝えて乗り換えの電車の乗降のサポートもお願いした。
図々しい自覚はあったがとにかく急いでいたのだ。
彼女は快く引き受けてすぐにルート検索をしてくださった。
電車が駅に到着してからバスが発車するまでの時間は1分しかないとのことだった。
いくら何でもそれは無理と思った瞬間だった。
「私、時々そのバスを利用するのですが、遅れてくることもたまにあります。」
竹田駅からは彼女は別行動とのことだったが、バス停までのサポートは引き受けてく
ださった。
僕達は一か八かに挑戦することにしたのだ。
電車の中で作戦会議をした。
「僕が肘を持ったら、目が見える普通の人の速めのスピードで動いてください。
エスカレーターも問題なく乗れますから大丈夫です。
バスロータリーに行くには階段とエレベーターがありますが、きっと階段が早いと思
います。
僕は全盲ですが、歩くのは得意なんです。」
僕の必死さが伝わったのか、彼女は笑いながら了解してくださった。
いよいよ電車が駅に到着するという直前だった。
「少しでも早く動くために前のドアまで移動しましょう。」
彼女の本気さが伝わってきた。
電車のドアが開き、僕達はホームに降りた。
そしてすぐに速足で歩き始めた。
運動会の二人三脚みたいな感じだった。
プロのガイドさんでもちょっと難しかったかもしれない。
ホームを移動しエスカレーターで改札階へ行き、改札を通り抜けた。
そして、最後の階段にさしかかろうとした時だった。
「バスが見えました。乗り場に停車しています。あっ、動き出しました。」
ランニングホームランを狙って、まさにホーム直前でアウトという感じだった。
でも、僕達の動きには一切のロスはなかった。
僕は十分満足していた。
結局、僕はまたまた次のバスまで30分待つことになった。
彼女はバス停の空いている席を見つけて座らせてくださった。
僕は心からの感謝を伝えた。
楽しかったと言いたかったが、それは飲み込んだ。
彼女と別れてから学生に電話をした。
携帯電話を耳にあてて話始めようとした時だった。
キンモクセイの香りの中にいることに気づいた。
曇り空、微風、まさにキンモクセイ天国だった。
見えない僕はバスがくるまでの30分、ただ座って待つしかなかった。
30分、ただただ、キンモクセイの香りに包まれていたのだ。
生きてるっていいよなぁ。
心からそう思った。
ランニングホームランにはならなかったがゲームは逆転勝利だなと笑顔がこぼれた。
(2024年10月29日)