一瞬の笑顔

僕が利用する比叡山坂本駅のホームにつながる階段は一か所だ。
山科方面行の電車の2両目付近にある。
山科駅の階段はこの電車の後方になる。
どれほど後方かは電車によって違う。
4両編成、6両編成、8両編成、12両編成の電車があるからだ。
そしてそれぞれの電車の山科駅での停車位置は違っている。
これをすべて記憶するのは難しい。
少しでもリスクを低くするためにいろいろ考えて利用する。
朝は比叡山坂本駅でホームの移動をするのが望ましい。
朝の山科駅は通勤通学の利用者でラッシュになるからだ。
山科駅でのホーム上での移動距離を少しでも短くするのだ。
逆に山科駅から夕方乗車する場合は、山科駅で移動する。
比叡山坂本駅に着いた後、少しでも早くバス停にたどり着きたいという心理だ。
ただ、この移動もその日のホームの込み具合、天候、自分自身の疲れ具合などで変化
する。
今朝はホームに流れるアナウンスで8両編成の電車と確認した。
少しホーム上を移動しようと思った。
頭の中でいーち、ニー、サーンと数えながら白杖を動かして歩く。
点字ブロックを確認しながら動くのだ。
間違うと線路に落っこちるのだから真剣だ。
55を数えたところで停止した。
55に意味はない。
なんとなく好きな数字で停止する感じだ。
30とか77とかが多いかな。
55で停止したということは220歩の移動ということになる。
停止したところで案内放送に気づく。
「白色の三角印しでお並びください。」
これは僕にはできない。
適当に停止している。
電車が到着してからドアノ開く音の方に動いて乗車するのが通常だ。
僕は慣れているが、他の見える人達からは危険と思われるのだろう。
このタイミングで声をかけてくださる人は時々おられる。
安全度は高くなるのだから有難い。
今朝も同世代くらいの男性が声をかけてくださった。
僕は彼の肘を持たせてもらって乗車した。
乗車後、彼は僕の手を取って手すりを触らせてくださった。
完璧なサポートだった。
僕は笑顔で、そっと、そしてしっかりと感謝を伝えた。
彼は京都駅までということで、僕が先に降りることを確認した。
その後、僕達は無言だった。
電車が山科駅のホームに滑り込んだ。
僕は再度感謝を伝えて動き始めた。
「いい一日になりますように。」
ドアに向かおうとした僕に彼がささやいた。
僕も少し振り返り気味ですかさず返した。
「お互いに。」
僕達は一瞬の笑顔を交わして別れた。
ほとんど誰にも気づかれない朝の一瞬。
笑顔を交わすおじさん二人、いいなと感じた。
階段の場所を知らせる小鳥の鳴き声が聞こえた。
そちらに向かって歩きながら、数分前を思い出して、また一瞬笑顔になった。
(2024年9月22日)