電車を降りた場所がたまたまエスカレーターの近くだった。
どうすべきか考える間もなく人波に飲み込まれた。
その人波の中で女性とやりとりがあった。
どういうやりとりをしたか憶えていない。
とにかく僕は彼女の肘を持たせてもらった。
それから彼女の後ろに付いてエスカレーターに乗った。
御礼を伝える僕に彼女が言った。
「私も視覚障害者です。」
その声にも語り口にもやさしさが感じられた。
彼女は弱視の状態なのだろう。
彼女の目がどれくらい見えているのか、どの部分が見えているのか、それは分からな
い。
彼女の目の状態が固定しているのか、僕のような進行性の病気なのかも分からない。
ひょっとしたらケガや脳腫瘍などかもしれない。
間違いないのは全盲の僕よりは見えているということだ。
そして、一般の人よりも見えていないということも事実だ。
人波の中で僕に気づきサポートの声をかけてくれたのはその彼女だった。
それ以外に僕達は会話はしなかった。
改札口まで彼女はサポートしてくれた。
僕達は流れの速い大きな川を下る小舟のようだった。
不思議と安心した。
何か特別な喜びを感じたのは何故だろう。
あれこれ考えようとしたが答えは出そうになかった。
僕は考えることを辞めた。
答えがないこともあっていいと思った。
でも間違いなく本物の幸せだった。
(2024年6月23日)