『風になってください』が出版されたのは2004年の暮れだった。
見えなくなって5年くらいの時間が流れていた。
見えない状態で生活していくことの大変さを日々感じていた。
努力を続けたが定職にも就けなかった。
視覚障害を社会に正しく理解して欲しいという願いは障害者運動などに関わることに
もつながっていった。
障害者団体の役員をしていた僕はレクリェーションの終了後にボランティアの皆さん
にお礼のメールを送った。
そのボランティアさんの中に出版関係で仕事をしていたという経歴の方がおられた。
偶然の出会いだった。
たった一通のメールがきっかけとなったのだ。
彼女に勧められて原稿を書き始めた。
勧められてというより説得されてと言った方が正しい表現かもしれない。
京都駅近くの喫茶店で僕はコーヒー、彼女はストレートティーだった。
煮え切らない僕に彼女は真剣に、そして諭すように活字の力を話してくださった。
見える人も見えない人も見えにくい人も皆が参加できる社会、そこに向かって活動し
ている僕の姿を彼女は近くで見ておられたのだと思う。
活字が僕の力のひとつになることを予想されておられたのかもしれない。
その時から彼女と二人三脚での本作りが始まった。
振り返ればそれが僕にとっての転機だったと思う。
もう天国にいってしまわれた彼女に今更ながら深く感謝する。
出来上がったばかりの本を手にした時に彼女に尋ねた記憶がある。
「本ってどれくらい売れたらいいのですか?」
1刷が全部売れたら成功という答えが返ってきた。
希望はあったが、それが現実になるとは彼女も僕自身もそして関係者も思ってはいな
かった。
奇跡は起こった。
ささやかな本はささやかに売れ続けた。
先日出版社から連絡があった。
10刷の在庫が少なくなったので11刷をしたいとのことだった。
1刷からもう20年が経過している。
本屋さんにはもうほとんど置いてないのだろう。
インターネットで本を購入するという社会の流れはこのささやかな本には後押しにな
ったのかもしれない。
たくさんの人がそよ風になってくださったのだ。
どこかで誰かが読んでくださる。
正しい理解は共感につながる。
共感は未来を創造していく力となる。
このブログも書いた数が千を超えた。
アクセス数も160万を超えている。
これもまた活字の力なのかもしれない。
当たり前だが、活字には書くと読むがある。
その二つが繋がった時に心も繋がるということになる。
『風になってください』はたくさんの図書館などに置いてあるらしい。
本になればどこかで誰かが読んでくださるという可能性は大きくなる。
僕がこの世を去っても希望は残ってくれるのかもしれない。
そんなことをふと思いながら、このブログも本という形にしてみたいと思い始めてい
る。
(2024年5月18日)