大阪から地元の比叡山坂本に帰る時には京都駅で電車を乗り換える必要がある。
大阪から京都駅に到着する電車は2番ホームだ。
比叡山坂本に向かう湖西線は3番ホームから発車する。
これは同じホームの両側ということで乗り換えにはラッキーだ。
問題は人の多さだ。
朝夕のラッシュ時には半端な数じゃない。
大きな人波を横切らなければいけない。
点字ブロックを白杖で確認しながらの数メートルの移動なのだが大変だ。
大きな川にかかる手すりのない一人分の幅の橋を渡るという感覚だ。
渡るスピードも早過ぎても遅すぎてもいけない。
白杖も前に出し過ぎると他の人の足に絡んで危険だし、でも周囲に僕を知らせる役目
もある。
渡り切るのは芸当と言ってもいいかもしれないとさえ思っている。
渡り始めて半分くらいのところで声がした。
「こんにちは。15,6年前に授業を受けました。」
彼女はそう言って僕をサポートしてくれた。
短いやりとりの中でそれがどこの学校だったかも分かった。
僕達はお互いに名乗らなかった。
でも、それはどうでもいいことだった。
彼女は僕の名前を呼ばなかったのできっと忘れていたのだろう。
名前は憶えていなくてもサポートは憶えていてくれたのだ。
僕が一番伝えたかったことをちゃんと憶えていてくれたのだ。
僕を電車に乗せながら彼女は付け加えた。
「全然変わっておられなかったのですぐに分かりました。」
そんなことで僕が喜ぶというのも憶えていてくれたのかもしれない。
僕はニコッと笑って、それから深く頭を下げて感謝を伝えた。
帰り着いたらその学校から今年度の学生の名簿が届いていた。
しっかりと伝えていく仕事をしなければと思った。
(2024年4月10日)