強烈な雨だった。
傘を叩く雨音、水路を走る水の音。
それ以外の音は消えていた。
近くを走っているはずの車のエンジン音さえも聞こえなかった。
僕は背筋を伸ばして前を向いた。
白杖のグリップを握った感覚を確認した。
強すぎても弱すぎてもいけない。
路面の感覚を一番感じる握り具合、それは経験が学習していた。
歩き始めた。
点字ブロックもない普通の歩道だ。
溝蓋の端の微かな切れ目を白杖の先で感じながら歩くのだ。
そうすれば真っすぐに歩ける。
まさに神経をそこに全集中だ。
転機のいい日の歩行では顔の前、頭部付近には若干の恐怖心がある。
木の枝など空中にあるものにぶつかると痛いからだ。
雨の日は幸いにこれがない。
傘をさすことで顔や頭部を自然に防禦することになるのだ。
歩道が緩やかな下りになるまで歩き続ける。
そこが最初の目標地点だ。
予定通りにその坂を降りると横断しなければいけない車道が待っている。
滅多に車はこない場所だがゼロではない。
そして一応車は一旦停止となっている。
エンジン音も聞こえないのだから、後は祈りだけだ。
渡りますよと身体全体で訴えながら歩く。
渡り切ったところはまた歩道の縁石がある。
ここが二つ目の目標だ。
そしてそこから17歩進めばバス停だ。
ここは手掛かりがないから歩数でいくしかないのだ。
ここという場所で白杖を静かにゆっくりと車道側に動かす。
バス停に白杖が当たる。
到着。
見えない人間がほとんど聞こえない環境で歩くというのは大変な作業だ。
それでもやればできるものなのだ。
「ご苦労様」
到着した自分自身の労をねぎらう。
そして願う。
「帰りには雨も風邪も止んでいますように!」
(2024年3月27日)