何歳の頃だったのかも憶えていない。
場所がどこだったのかも憶えていない。
誰と一緒に行ったのかさえも憶えていない。
連れて行ってくれた人には失礼だと思うのだが記憶がない。
目を見開いて天井を凝視したことは憶えている。
幾度もチャレンジしたことは憶えている。
それでも満天の星空はやっぱり見えなかった。
ないものねだりだったのは知っている。
頭で理解できていてもやっぱり見てみたいと思ったものがいくつかある。
星はその代表格だったのかもしれない。
見えている頃、僕には夜盲という症状があった。
物心ついた頃からそうだったのでそれは当たり前のことだった。
夜道を一人で歩くことはできなかったし、暗闇が怖かった。
ただ、月が見えるのに星が見えない理由が僕には分からなかった。
頑張ればきっと見えるとどこかで思っていたような気がする。
35歳を過ぎた頃から目に異常を感じ始めた。
視力がどんどん落ちていったし霧に包まれているような状態になった。
それでも35年間見えていた僕には失明はイメージできなかった。
それはないとどこかで思っていた。
拒否反応だったのか過信だったのか分からない。
だんだんと霧は濃くなっていった。
10年近くの時間をかけて目の前の変化は完全になくなった。
少し明るめのグレーが目の前に横たわっている。
目を開いても閉じても変化はない。
光を失いながら同時に影も失っていったのだろう。
白杖で夜道を歩いていても、もうそこには暗闇は存在しない。
変化のないグレーがあるだけだ。
見えていた頃よりも恐怖心は少ないかもしれない。
そしてないものねだりは姿を消した。
見ることはできないにしても感じられるようになりたいと思えるようになった。
もう一度、プラネタリウムに行ってみたくなった。
(2024年2月26日)