最初に彼と出会ったのは10数年前だったと思う。
彼は勤務先の団体で人権研修の係をされていて僕をお招きくださった。
それ以後出会うことはなかったが、今年偶然再会した。
僕が滋賀県大津市に引っ越してまた縁がつながったのかもしれない。
今日、今年2回目の再会となった。
山科駅で僕を見かけて声をかけてくださったのだ。
「松永さん、一緒に帰りましょう。」
彼は元の職場と氏名をおっしゃった。
彼らしい思いやりのある挨拶だった。
僕は彼の肘を持たせてもらってラッシュの人込みを帰路に着いた。
彼は定年を迎え、別の会社で働いておられる。
僕の最寄り駅よりひとつ先の駅から通勤しておられる。
新しい会社では営業の部署に配属されたらしい。
穏やかで気の優しそうな彼には営業の仕事は厳しいだろうと僕も思う。
話を聞いてもらって契約までつながるのは10人に一人もないと話してくださった。
その会社では月の始めには前月の成績発表があるらしい。
最下位は免れたいのだけれどと彼は笑った。
「今日も90歳のお一人暮らしのおじいさんの話の聞き役で一日がほぼ終わってしまっ
てね。こんなことじゃなかなか成績は上がりませんよね。」
彼は自嘲気味に話された。
「でも、とってもいいおじいさんでね。」
彼はやさしい言葉でそう付け加えられた。
「ちなみに、松永さんがサポートを受けられるのは何回に一回くらいですか?」
僕は10回に1回くらいかなと答えた。
「1割りかぁ。私と同じくらいかぁ。
やっぱり3割バッターを目指しましょうよ。」
電車がホームに入ってきた。
僕は彼の肘を持たせてもらって満員の電車に乗り込んだ。
案内放送が僕の声をかき消した。
「1割の人生もいいですよ。」
(2023年12月17日)