午前中の空き時間を使って視覚障害者の人達が働いている事業所を訪ねた。
その事業所では点字印刷をやっている。
名刺への点字印刷は100枚で1,650円だ。
紙代と不通の印刷代を合わせると僕の名刺は1枚20円以上することになる。
名刺はいろいろな人にお渡しするのだから点字という文字の啓発になる。
ちょっとお高いがいい機会だと思って続けている。
今回も500枚をお願いした。
それから近くのコンビニでおにぎりを購入して駅に向かった。
慌てると危険だと分かっているのでいつも時間的余裕を持って動く。
JR、地下鉄、近鉄と乗り継いで、新祝園駅に到着したのは12時過ぎだった。
迎えをお願いしていた時刻までにはだいぶ時間があった。
駅員さんにどこかベンチを尋ねたがそれはなかった。
少しだけ腰掛けられるような手すりがあったのでそこに案内してもらった。
その時間帯の駅は閑散としていた。
僕は学校に到着してから食べるつもりだったおにぎりをリュックサックから取り出し
た。
セロファンを外して自分で作るタイプの海苔巻きおにぎりだ。
ちなみに、目が見えなくても上手にできると僕の自慢のひとつだ。
ところが、今日のおにぎりはセロファンの開け口が指先の触覚で確認できなかった。
あちこちを幾度も触って悪戦苦闘した。
「お手伝いしましょうか?」
若い女性の声だった。
「お願いします。本当は僕はこれは得意なんだけどね。今日は開け口を探せないんだ
よ。」
と言いながらおにぎりを彼女に手渡した。
僕の悪戦苦闘を見ていてくれたのだろう。
うれしさと恥ずかしさが混在した気持ちだった。
「海苔、触っちゃうけどいいですか?」
彼女は微笑みながら手伝ってくれた。
大学生だった。
僕はついでに帰路のチケットの購入もお願いした。
彼女は快く引き受けてくれた。
僕にチケットを渡すと改札口に消えていった。
その爽やかさと堂々とした感じにちょっと感動した。
そして幸せになった。
講演先の中学校に到着したら、保護者の方も来られていた。
僕は誰かに伝えたくて、すぐにその話をした。
それから中学1年生にいつものように話をした。
中学生達はそれぞれに一生懸命に聞いてくれているようだった。
「視覚障害者の人にどう声をかけてどう手伝えばいいのですか?」
最後の質問タイムには素敵な質問も出てうれしかった。
この中学生がいつか今日の大学生みたいになって手伝ってくれるだろうなと思った。
講演を終えて新祝園駅まで送ってもらって帰路に着いた。
竹田駅で地下鉄に乗り換えようとして迷ってしまった。
同じホーム、反対側の電車に乗るというスタイルなので簡単だと思われがちだが結構
ハードルは高い。
見えないでまっすぐ歩くというのは難しいのだ。
斜めに歩いたらしく柱に当たって方向を見失った。
すぐにサポートの女性の声がした。
「お手伝いしましょうか?」
若い女性だった。
彼女のサポートで予定の電車に乗車でき、しかも座れた。
有難いと思った。
また、幸せを感じた。
途中で東西線に乗り換えて山科駅に着いた。
長い連絡通路を歩いてエスカレーターを目指した。
点字ブロック沿いにまっすぐ歩いて階段にぶつかった。
これはミスではなくわざとそうしているのだ。
階段を白杖でキャッチしてからエスカレーターに向かうのがスムーズに動けるのだ。
でも見ている人からは迷ってしまったように感じられるかもしれない。
「エスカレーターは左ですよ。」
若い男性の声だった。
僕は早速彼の行先を尋ねた。
同じJR山科駅だったが行先は逆方向で違うホームだった。
「この時間、とても込んでいますからホームまでサポートしますよ。」
彼は僕の利用するホームえのエスカレーターまで案内してくれた。
「ありがとう。助かったよ。」
僕はエスカレーターから振り返ってそう伝えた。
またまた幸せを感じた。
電車は最寄り駅に着いた。
最後の難関だ。
階段の場所を知らせる小鳥の声の放送を探しながら歩き始めた。
「一緒に行きましょうか?」
高校生くらいの女の子の声だった。
僕は改札口までのサポートを頼んだ。
何の不安もなくホームを歩いた。
音に集中して、足元のでこぼこに注意して、人や柱にぶつからないようにして、すぐ
横には落ちたら大変なことになる線路があるという恐怖心と戦いながら歩くのが通常
だ。
改札口までのわずか数分、その気持ちは天国と地獄だ。
彼女に心からのお礼を伝えた。
若者たちに手伝ってもらいながら今日の一日を無事終えた。
勿論、毎日がそうではない。
でも今日は確かにそうだった。
ほんの少しかもしれないけれど、輝き始めている未来があることを感じた。
また明日も頑張れると思った。
頑張りたいと思った。
(2023年11月21日)