1時限目から5時限目までを京都市内の小学校で過ごした。
4年生の子供達だ。
講演、質問タイム、視覚障害者のサポート方法の実演、点字体験学習、フルコースだ
った。
給食も子供達と一緒に頂いた。
子供達はどんどん理解してくれた。
出会った最初の固まっていた表情は時間と共に笑顔に変化していった。
いろいろな形でサポートを申し出てくれて、そして実際にやってくれた。
「松永サん、サインしてください。」
こっそりとささやくおしゃまな女の子もいたりしてこの年頃らしいと笑顔になった。
「君にしたら皆にしなくちゃいけなくなるから我慢してね。ごめんね。」
女の子は納得してくれた。
そんなやりとりも含めて、いろいろなことが豊かな時間となった。
関わってくださった先生方に感謝を伝えて、それからいつもの大学に向かった。
ボランティアさんが小学校から大学まで車で送ってくださった。
公共交通機関では間に合わないスケジュールだったので助かった。
大学では学生達に二人一組になってもらい、視覚障害者に言葉だけで説明するという
体験をしてもらった。
僕が折り紙を折り進めていくのを見える学生がアイマスクの学生に説明するのだ。
そして最後に僕と同じ作品が折れていたらいいということになる。
学生達は一生懸命に取り組んでくれるのだが、その言葉、ボキャブラリー、声の大き
さ、僕には可笑しくてたまらない。
「むずい。」
「そうそういい感じ。」
「ななめってる。」
「ちょう、いけてる。」
僕には宇宙人的に感じる言葉も飛び交う。
笑い転げながらの授業となった。
「来週は僕は鹿児島に行くから休講だからね。間違ってこないようにね。」
学生達に連絡事項をしっかりと伝えて一日の仕事を終えた。
充実感と結構な疲労を感じながら帰路に着いた。
難関のひとつの烏丸御池駅で電車を乗り換えようとした時だった。
ラッシュの人込みの中からサポートの声がした。
僕はすかさず声の主の男性の肘を持った。
数歩進んだだけで彼の歩行が困難なのに気づいた。
片手には杖もついておられるのも分かった。
僕は彼の肘を持つ手の力を極限まで緩めて彼の歩調に合わせて歩いた。
僕が単独で歩くスピードの半分くらいだったかもしれない。
エレベーターに乗るなり彼は僕に話された。
「20年前に交通事故で片足を切断したんだ。義足だよ。」
それを伝えたいとの思いがあったようだった。
「大変な経験をされたのですね。でも、死ななくて良かったですよね。」
エレベーターが停止して僕達は再び歩き始めた。
そこから先は手が逆転した。
僕が彼の肘を持たせてもらうのではなく、彼が僕の肘を自然に掴まれた。
僕は少しずつ歩いた。
僕の有人にも義足の人が数人いらっしゃるが、ここまで不安定な人は珍しかった。
ちょっとのことで転んでしまうような感じだった。
僕はそういうことがおきないようにと慎重にゆっくりと歩いた。
彼の歩調に合わせながら彼の指示通りに歩みを進めた。
駅がいつもと違う雰囲気だなと一瞬思ったがかき消した。
いや検証する余裕がなかった。
やがて別のホームに到着した。
ギリギリのタイミングで電車に乗車した。
彼は僕だけを座席に座らせようとしてくださった。
僕は一瞬たじろいだが、彼の言うがままにした。
そうすべきだと思った。
その後流れた電車の案内放送を聞いて愕然とした。
彼は何か勘違いされたのだろう。
「間違ってしまった。違う電車だ。」
彼の戸惑いが伝わってきた。
僕はもっと先の駅で乗り換えるから大丈夫と告げた。
彼を安心させたいと思った。
彼は先に降りていかれた。
「ありがとうございました。」
僕は感謝を伝えた。
僕がもっと神経を集中させたら彼を失敗させずにすんだかもしれない。
申し訳なく感じた。
一瞬後悔が浮かんだが、体力も気力も限界だったのは間違いなかった。
なんとか京都駅まで辿り着いて乗り換え用としたが大変だった。
彼の目の誘導で歩いた僕は自分が電車のどのあたりに乗車したのかも理解できていな
かった。
いつもは頭の中にある地図をイメージして動く。
メンタルマップというやつだ。
まさに迷子状態になった。
地下鉄の改札を出たところで固まってしまった。
どちらに動けばいいのかさっぱり分からない。
僕に気づいてくださった女性がサポートしてくださった。
とんでもない場所にいたらしかった。
JRに乗り換えて青息吐息で地元の駅に着いた。
いつもの倍くらいの時間を要した。
急いで歩けばバスにギリギリ間に合うのは分かっていたが身体が動かなかった。
僕はあきらめながら改札を出てバス停に向かった。
しばらく歩いたところで声がした。
「バスの発車時刻です。持ってください。」
運転手さんだった。
僕は彼の肘を持って急いだ。
よく利用する僕をいつの間にか憶えてくださっていたのだ。
「いつもの席が空いています。」
運転手さんは僕を乗降口まで案内して運転席にもどられた。
「皆さん、お待たせして申し訳ありませんでした。」
運転手さんはそう告げてからバスを発車された。
たまたま同乗していた近所の方が僕の隣にこられた。
「発車時刻になって、突然運転手さんが運転席から飛び出していかれたので何があっ
たのだろうと思いました。
松永さんに気づいたから走って迎えにいかれたのですね。
素敵な運転手さんですね。」
彼女がそっと教えてくださった。
今朝小学校の子供達に話した言葉が僕の中で木霊した。
「助け合えるって人間だけだよ。素敵だね。」
長い、ながーい素敵な一日となった。
(2023年10月6日)