京都駅でJR京都線から湖西線へ乗り換えようとしていた。
これはたまたま同じホームなので単独で対応できる。
17時台だったからまだラッシュもピークではなかったがそれなりに込んでいた。
僕は白杖を自分の身体に寄せて点字ブロックを確認しながらゆっくりと進んだ。
こういう場所はゆっくりというのが一番重要だ。
ホームの反対側に着いた時だった。
白杖の先で木製の板みたいなものを感じた。
怪訝に思って再度触ったが何か分からなかった。
始発だから前に電車がいるかもしれない。
もしいれば、直進すれば電車の車体が確認できる。
でもその木製のものが気になって躊躇してしまった。
僕は左に曲がって少し歩いて立ち止まった。
そこからどう動くべきか考えるためだった。
「おっちゃん、迷てんのか?」
高校生くらいの女の子の声だった。
「うん、この前に電車がいたら乗りたいねん。湖西線。」
僕は前を指差しながら、彼女の雰囲気に合わせて答えた。
「電車おるで、こっちこっち。」
彼女はそう言いながら僕の左手首を持って歩き始めた。
いつもだったら肘を持たせてくださいとお願いするのだが、短い距離だったのでこれ
も彼女のやり方に合わせることにした。
きっと元々がやさしい子なのだろう。
手首を持つ力もそっとだったし歩くスピードも僕に合わせるようにゆっくりだった。
十数歩くらい進んで彼女は止まった。
「あのな、今黄色のぶつぶつの上やねん。前に入り口があんねん。その棒でつんつん
してみ。」
僕は言われるがままに白杖で前を確認した。
確かにそこに入り口の床があった。
それを見ていた彼女が言い直した。
「つんつんちごてとんとんやなぁ。」
僕は少し笑いながらお礼を言った。
「おおきに。これでもう大丈夫や。帰れるわ。」
「ほなおっちゃん、気いつけてな。バイバイ。」
僕は乗車して入り口の手すりを持って彼女の方向に頭を下げた。
飾らない関西弁をとても暖かく感じた。
爽やかな喜びに包まれていた。
僕が誰か彼女は知らない。
彼女が誰か僕も知らない。
お互いにどこに住んでいるかも分からない。
もう二度と会うこともないかもしれない。
それでもこんなことができるのが人間の社会なのだ。
人間て本当に素敵な生き物だ。
僕は右手で持った白杖で床を軽くとんとんと二度たたいた。
つんつんでもいいかと思って笑顔になった。
(2023年6月23日)