最後に見た景色はと尋ねられても答えることができない。
異変が始まったのは35歳くらいの時だった。
目の前に霧がかかったようになったりした。
最初は気のせいかと思ったりもした。
その頃は目をこすったり目薬をさしたりして対応できていたような気がする。
やがて霧を確認できる日が増え、その霧は気づかないくらいのスピードで深くなって
いったのだと思う。
一か月前と比較しても、いや一年前と比較しても、変化を感じることのできないくら
いの緩やかなスピードだった。
だいたいの数字だが3千日くらいかかって画像は完全に消えた。
だから最後に見た光もいつだったのか分からない。
どんな光だったのか分からない。
自分では部屋の蛍光灯をつけていたつもりがついてはいなかった。
窓を開けて朝の光を浴びたつもりが実際にはまだ夜だった。
そんなことを幾度か繰り返しながら自覚していったような気がする。
いつの間にか目の前にはただ無機質のグレーが横たわるようになった。
目を開けても閉じても、朝でも夜でも、季節が変化しても変わらないグレーだ。
それでも時々ふと思う。
目を見開いて空を眺めて思う。
ひょっとしたらこれは光りかもしれない。
一瞬見えたのかもしれない。
そんなことを思う情けない自分が愛おしい。
弱虫の自分を嫌いにはなれない。
顔や手に当たる熱で光に気づくことがある。
気づいた時に心はいつも少し喜んでいるのが分かる。
見えなくても光が好きなのだろう。
夏に降り注ぐ光は力強い。
今年もまた夏至がやってきた。
(2023年6月21日)