木曜日、いつものように早朝の出発だった。
通勤通学の人達を乗せたバスが駅に着いた。
皆さんが急いでおられるのは分かっているので僕はだいたい最後に降りる。
白杖が他の乗客の足に絡んだりしないためだ。
バスを降りて数歩進んだところで柱にぶつかった。
いつもの場所との勝手な思い込みが白杖の使用方法を狂わせたのだろう。
鉄の柱だったから痛かった。
僕は振り返って運転手さんにお願いした。
「点字ブロックのある停車位置にバスを止めてください。」
勿論丁寧に伝えたつもりだったが、痛さから出た行動には間違いなかった。
運転手さんの説明では、停車位置には一般車両が止まっていてどうしようもなかった
らしい。
それを知った僕はちょっと恥ずかしい気持ちで駅の改札に向かった。
そして、予定通りに午前の専門学校を終えて午後の大学に向かった。
大学に向かうバスにギリギリで乗り遅れたので30分待つことになった。
今日はついていないなと思いながら待合の席を探した。
人にぶつかった。
すみませんと謝る僕に何を探しているかと尋ねてくださったので椅子を伝えた。
以前その近くで座った記憶があったのだ。
僕が思った方向とは少し離れた方向に椅子はあった。
座らせてもらってほっとした。
隣に座っておられたおじいさんが突然僕の手をとって動かされた。
「こっちが東、あっちが南。」
それから何番のバスに乗るかと確認してくださった。
おじいさんのバスは僕より早くくるバスだと分かったので、それまで話をした。
耳がだいぶ遠く、おじいさんは僕の声を聞く時には耳を僕の口の方へ向けておられる
のが分かった。
身体を支える杖も持っておられた。
まさに高齢の男性だった。
「少しは見えるのか?」
突然尋ねられた。
「僕は光もわかりません。見えなくなって25年経つので慣れています。」
25という数字を伝えるのに3回かかった。
しばらくして、おじいさんはまた僕の手を握られた。
「気をつけてな。頭が下がるよ。」
僕は感謝を伝えた。
そして今朝のことを思い出した。
まだまだ修行が足りないと思った。
こんなおじいさんになれるように頑張ろうと思った。
(2023年6月2日)