引っ越してきて1年余りの時間が流れた。
振り返れば、見たことのない街での暮らしを始めたということだった。
新しい環境に慣れることに僕も必死だった。
最初の頃は道を歩いても一人の空間だった。
バスに乗っても電車に乗っても一人の空間だった。
真横に人の気配があっても間違いなく一人の空間だった。
社会が冷たいのか、そうではない。
会話をするようになった地域の方が先日おっしゃった。
「白杖で一人で歩く人を初めて見たよ。危なくないかと幾度も見ていた。」
最初からきっといろいろな人が見ていてくださったのだ。
ただ、見てくださっているということが見えない僕には分からなかった。
時間の流れの中で、僕の姿が少しずつ街に溶け込んでいったのだろう。
僕の姿が地域に慣れ、地域が僕の姿に慣れてきたのだろう。
今朝、いつものようにバス停に向かって白杖を左右に振りながら歩いていた。
過度の家辺りで玄関を掃除しているらしい音が聞こえてきた。
ホウキで掃いている音だ。
朝に似合うなと思いながら通り過ぎようとした瞬間だった。
「おはようございます。もうちょっと進んだら段差がありますよ。」
僕は笑顔で挨拶を返しながら足を進めた。
バス停に着いてバスを待っていた。
やがて到着したバスの入り口から運転手さんのマイクの声が聞こえた。
「おはようございます。乗ったら左側の席が全部空いています。」
僕はまた笑顔で乗り込んだ。
左側のシートに腰を降ろした。
リュックサックを膝に乗せて1年という時間の流れを噛みしめた。
リュックサックと一緒に社会への感謝の思いを抱きしめた。
今日も頑張ろうと素直に思った。
(2023年5月28日)