朝顔の種を蒔くことにした。
鉢に土を入れて支柱を立てた。
それから一晩水につけておいた種を指先で優しく掴んだ。
土に小指の先くらいの穴を開けてそこに種を入れた。
そっと土を被せた。
そしてジョウーロでたっぷりの水をかけた。
一仕事終わって庭石に腰を降ろした。
少年時代の記憶が蘇った。
生まれ育った家は古い木造の家だった。
瓦屋根で壁は漆喰だったし縁側や土間もあった。
雨漏りのするような場所もあった。
でも、僕の家だけが貧祖だったわけではないと思う。
近所にはトタン屋根の家も多くあったし、そういう時代だったのだろう。
その自宅の前には竹で作った垣根があった。
父が作ってくれたのだった。
そこに朝顔の種を蒔くのが春先の僕の役目だった。
だから自然にしっかりと観察することになっていった。
双葉の形、そこから本場や弦が伸びる様子、葉の斑の部分、そして花の形、白や赤や
青野花の色、まるで植物図鑑の写真のように浮かんでくる。
夏の朝にその花を数えきれないくらい見ていたはずだ。
昼過ぎにはしぼんでしまう姿も不思議そうに見ていたのだと思う。
秋には薄い茶褐色に枯れた種袋から黒い種を取り出して翌年まで保存していたことも
記憶している。
あの頃、いつか朝顔を見れなくなるなんて僕にも親にも想像のかけらさえなかった。
親が朝顔の管理を僕の仕事としたのは結果的に大きなプレゼントとなった。
偶然のプレゼントだ。
少年時代以来の朝顔、楽しみだ。
(2023年5月7日)