比叡山坂本駅で電車を降りたらバスに乗車するために点字ブロックに沿って歩く。
白杖は前方に突き出して左右に振って歩く。
改札を出て右に曲がり階段を二つ降りて次の角をまた右に曲がる。
そこからは点字ブロックの左端をを確認しながら歩く。
枝分かれしている点字ブロックの二つ目がバスの乗車位置につながる。
先に待っている他の人にぶつからないように先頭に向かって少しずつそっと歩く。
この時の白杖は前に突き出さないで身体の前で斜めに持っている。
防御の姿勢だ。
白杖が前の人に当たったらすぐに謝る。
この状態で当たるとしても少し触れる程度ということになるから問題はない。
それから次のバスの時刻を調べる。
バス停にある時刻表は見えないのでスマホを使う。
スマホにはこのバス停の時刻表を入れてあるので音声で読むことができる。
アイフォンのボイスオーバーという機能だ。
バスが到着したら乗り込んですぐに左手の優先座席を確認して座る。
始発だからほとんど空いている。
最寄バス停で下車したらそこからはナビを使って自宅まで帰る。
ナビの音声を聞くためにソニーのリンクパズというイヤホンをしている。
このイヤホンの中心は外部音も聞こえるように穴が空いているのだ。
直角三角形の直角ではない二つの角がバス停と自宅という感じだ。
見える人は距離的にも近くて行きやすいその2点を結ぶ道を選ぶ。
ところがそこは僕には行き難い。
団地内なのだが他の車道との交差点もあるし歩道もない。
僕はわざと直角部分で曲がるコースを選ぶ。
直角の場所はナビの音声が曲がり角と確実に教えてくれる。
ちなみにマイクロソフト社のサウンドスケープという視覚障害者用のナビだ。
無料のアプリだがその精度の高さには驚く。
曲がった後の細い路地の端は溝になっている。
僕はその道はわざと白杖を溝の角に当てて歩く。
溝に落ちないためだ。
人と自転車しか通れない道なので危険はない。
白杖の使い方をその場その場で変化させて歩いて自宅に帰り着く。
帰り着く瞬間、僕の頭の中には「達人」という言葉が浮かぶ。
白杖の達人だ。
エッヘンと満足気に玄関の階段を上る。
帰路は引っ越し当初からの練習でカバーできたが往路はどうしようもなかった。
道を挟んだバス停に行くには遠回りして点字ブロックもない信号を渡らなければいけ
ないからだった。
ある時、運転手さんが教えてくださった。
いつも降りる場所で乗ってもいいとのことだった。
バスは循環バスなので団地内を一周してまた駅に戻るのだ。
乗車時間が少し長くなるだけで運賃も変わらない。
循環バスという放送をずっと聞きながらその意味に気づいていなかったのだ。
エッヘンの僕がそれを知った時にショボンとなった。
でも、うれしいショボンとなった。
往路も復路も単独移動が可能になったのだ。
白杖や点字ブロックを使いこなし、スマホのアプリなども利用し、そしてたくさんの
周囲の人達に助けてもらいながらまた今年も歩く。
目隠し状態で日々歩く。
見えない人間がこうして歩くなんて見える頃は想像できなかった。
人間の持つ力って素晴らしい。
あっ、やっぱりエッヘンかな。
(2023年1月11日)