年の瀬の駅のホームはいつもよりは空いていた。
学生達が冬休みになったからだろう。
「おはようございます、松永さん。お手伝いしましょうか?」
ホームの点字ブロックに辿り着いたタイミングでの声だった。
名前を呼ばれて不思議そうに感じている僕にそっと教えてくださった。
「この前のカード。山科までの。」
なんとなく記憶がつながった。
「また声をかけてくださったのですね。ありがとうございます。」
電車が到着した。
僕は彼女の肘を持たせてもらって乗車した。
「席がひとつ空いています。」
彼女は僕を席まで誘導すると僕の左手を持って背もたれを触らせてくださった。
僕は何の問題もなく自然に席に座った。
いつもなら立ったままでの厳しい時間が暖かな時間に変わった。
僕の横に立っている彼女にそっと尋ねた。
プロのガイドさんみたいに上手だったからだ。
「何故誘導の方法などを知っておられるのですか?」
「ブログを読んだからです。」
それから僕達は少しありがとうカードについて話した。
その後の数駅、会話は控えたが彼女のぬくもりが傍にあった。
やがて電車は彼女の降りる山科駅に近づいた。
「私、降ります。」
「ありがとうございました。良いお年を。」
僕は笑顔で答えた。
「良いお年を。」
彼女も笑顔で返してくださった。
その時、ほんの一瞬、僕達は見つめ合った。
それから目的の駅までの時間、僕は幸せに包まれた。
「見えなくなって良かったことってあるんですか?」
時々子供達から質問される。
僕はいつも答える。
「今でも見えた方がいいなと思っているんだけどね。
でも、見えなくなってからやさしい人に出会う機会は間違いなく増えたよ。
それは僕の幸せのひとつかもしれないね。」
1度きりの出会いもある。
今日みたいなこともある。
次回があるかは神様だけがご存知なのだろう。
人間の社会の豊かさ、本当に素晴らしい。
人間同士の交わす言葉、本当に美しい。
皆さん、良いお年を!
(2022年12月27日)