右手

もう20年くらいだろうか、毎年数回先輩と会う機会があった。
先輩はいつも信念を持って堂々と活動されていた。
穏やかな語り口には強さと謙虚さが同居していた。
僕はそれをいつも素敵だと感じていた。
会う度にやさしく声をかけてくださった。
エールを送ってくださった。
いつもうれしかった。
その先輩が体調を壊されたと風の噂で聞いたのは一年くらい前だった。
まさか会場に足を運んでくださるとは思ってもいなかった。
先輩は僕を待っていてくださった。
座ったままで声を出された先輩に僕は少しかがんで挨拶をした。
「コロナの時代だから。」
奥様の静止を聞こうとはされない先輩の右手が空中をさまよった。
僕はその右手を自分の右手で強く握った。
「ありがとう。」
先輩は弱弱しい声でやっとそれだけをおっしゃった。
僕は先輩が病の中におられることを事実として受け止めなければならなかった。
「いろいろ教えてくださってありがとうございます。
しっかりと養生してくださいね。
また会いましょうね。」
僕はやっとそれだけを伝えた。
伝えながら僕達の右手はお互いの右手を幾度も握り合った。
なかなか離すことができなかった。
関係者に促されて我に返った。
僕は先輩と握手した右手に白杖を持ち替えた。
それから先輩に深く一礼して研修会の講師席に向かった。
しっかりとバトンを預かったと感じた。
そして僕自身の残り時間も意識した。
(2022年11月29日)