例えば歩いている時に聞こえる工事現場の音、例えば駅のホームで聞こえる電車の通
貨音、大きな音は苦手だ。
怖いと思ってしまう。
画像のない状態での音なのでそう感じるのだろう。
でも、大きな音が別の効果を生み出すことがあるのを知った。
朝の庭で草取りの手を休めた時だった。
聞きたいと思ったわけでもなかった。
セミの鳴き声が止まない雨のように空から降ってきているのに気付いた。
他の音は姿を消してセミの鳴き声の中で僕は息をしていた。
いろいろな思い出が次から次へと蘇った。
思い出の旅路は終着駅がなかなか見つからなかった。
僕は時を忘れてそこに溶け込んだ。
画像がないということが長所になってしまったのだろう。
画像のない僕に思い出の画像が寄り添った。
活き活きとやさしく微笑んだ。
とっても幸せな時間だった。
空を眺めながらもう辞めてしまった煙草を一本吸いたいとさえ思った。
見えていた頃の思い出が残っていることに心から感謝した。
(2022年7月26日)