父の趣味は寒蘭を育てることだった。
父が亡くなった後、寒蘭のほとんどは同じ趣味を持っておられる方にお譲りした。
丹精込めて育てていた寒蘭を誰かが育ててくだされば有難いと思った。
そしてその中の一鉢だけを僕が引き取った。
枯らしてしまうのが怖かったが育ててみたいと思った。
春夏は三日に一回、秋冬は一週間に一回水やりをした。
妹が送ってくれた専用の土で植え替えもした。
肥料も与えてみた。
枯らさないで育てていることで精一杯だった。
その寒蘭が今年は花を咲かせてくれた。
7年ぶりということになる。
清楚で気品のある姿だった。
僕は赤紫色の数厘の花に幾度も触れた。
鼻を近づけて微かな香りを確認した。
そして父の遺影から見えるようにした。
僕が見えなくなった頃、父は60歳代だった。
だから晩年の父の顔を僕は知らない。
思い浮かべるのは僕が少年だった頃の顔だ。
厳しかった父の顔が寒蘭の前で少し笑った。
僕も笑った。
(2021年12月12日)