団地の傍を歩いていたら聞こえてきた。
間違いなくガラスの風鈴だ。
乾いた澄んだ音が風に揺られた。
少年時代の記憶が鮮やかに蘇った。
阿久根大島の海の家、たくさんのガラスの風鈴が揺れていた。
毎年、夏になると出かけた。
港から15分程の船旅、海も波も美しかった。
船の後ろに出来る波をじっと見つめていた。
波の先に見えた赤茶色に錆び着いた灯台さえも美しいと感じた。
阿久根大島の桟橋から海の家までの遊歩道が思い出された。
白い砂浜、茶褐色の岩、緑の松の木。
まるで昨日見たような活き活きとした色彩だった。
砂浜には手漕ぎボートが無造作においてあった。
海の家の前にはカラフルな浮き輪や水中メガネなどが並んでいた。
テーブルに腰かけて食べたかき氷には着色剤の赤色のシロップがかかっていた。
妙に甘い砂糖の味もそのどぎつい色さえも夏によく似合った。
空はどこまでも蒼かった。
海風に揺れるガラスの風鈴の音色はその風景の中に存在していたのだ。
当時はもちろん気づかなかった。
あぶり出しの絵のようなものなのだろう。
今年の夏も過ぎ去ろうとしている。
半世紀前の記憶、そっと音の中に仕舞っておこう。
色あせないように大切に仕舞っておこう。
またいつかの日のために。
(2021年8月29日)