セミが大きな声で鳴いている。
一匹一匹の鳴き声は普通なのかもしれないが、
何百匹何千匹と集まった音量は凄まじい。
その音量はすべての音をかき消す。
僕はセミの鳴き声の中におぼれていく。
セミの鳴き声が記憶の旅路をエスコートしてくれているようだ。
カンカン照りの水色の空の下に少年の僕がいる。
半ズボンにランニングシャツ、ゴム草履を履いている。
麦わら帽子をかぶっている。
僕の後ろには僕の影がある。
少年はどこに向かって歩こうとしているのだろうか。
思い出そうとしても思い出せない。
手がかりもない。
まっすぐ前を向いて歩いている。
とぼとぼ歩いた方が絵になるのかもしれないが、
少年は元気に歩いている。
やせこけた身体は日に焼けている。
突然少年の足が止る。
立ち止った少年の顔を覗き込む。
頬が涙で濡れている。
濡れているのに笑っている。
戸惑う僕の耳にセミの鳴き声が再び届く。
僕は現実に引き戻される。
ほんの一瞬、僕の魂は50年以上前にスリップしていたようだ。
どこに向かおうとしていたのか、
何故涙があったのか、
何故笑っていたのか判らない。
不安なのか希望なのか判らない。
間違いないのはずっと歩いてきたということなのだろう。
ずっとずっと歩いてきたということなのだろう。
そして明日も歩いていく。
明後日も歩いていく。
まだまだ歩いていきたいと思う。
なんとなくそう思う。
(2021年7月28日)