「沈丁花が咲いていますよ。」
一緒に歩いていたボランティアさんが突然声を出された。
僕が香りに気づくのと同時だった。
僕達は立ち止った。
香りに吸い寄せられるように沈丁花に近づいた。
ボランティアさんは僕の指先を小さな花に誘導してくださった。
僕は小さな花をそっと触った。
それから、葉っぱと木の幹を触った。
そしてまた、花に顔を近づけて香りに埋もれた。
幸せに埋もれた。
「蝋梅、モクレン、沈丁花、春の香りですね。」
ボランティアさんの声が弾んだ。
モクレンの香りなど知らなかった僕は、その話だけでもうれしくなった。
ささやかな単純な喜び、不思議だけどそんなことがアルバムの中では色あせない。
いくつもの季節が通り過ぎても、
沈丁花の香りに出会ったらこの道を思い出すのだろう。
そんな予感がしてうれしさは膨らんだ。
(2021年3月10日)