ニュースは科学の進歩を伝えていた。
受精卵の遺伝子検査についてだった。
命に関わる病気などが予想される場合が対象になるとのことだった。
治療法のない難病などで失明の危険性がある場合も同様との内容だった。
ひとつ時代が違えば僕は生まれてくることができなかったのかもしれない。
寒々とした思いで家を出た。
白杖を左右に降りながらいつもの道を歩いた。
横断歩道の点字ブロックで立ち止った時だった。
「おはようございます。」
少年とお母さんの声が重なりながら聞こえた。
「おはようございます。久しぶりですね。」
僕は聞き覚えのある超えの母子に挨拶を返した。
僕達は揃ってバス停に向かった。
僕が市バスを待っている近くで母子は支援学校の送迎バスを待っていた。
バスが来るまでのわずかな時間、母子の笑い声が辺りにこだました。
「じゃんじゅうじゅう」
少年は幾度も繰り返していた。
僕はその意味はさっぱり分からなかった。
お母さんが一言ずつ区切って教え始めた。
「ぜん しゅう ちゅう」
少年は一生懸命に繰り返した。
「じゃんじゅうじゅう」
お母さんと少年のの笑い声が朝の陽だまりに溶け込んだ。
疑うことのできない幸せがそこに存在していた。
障害はない方がいい。
元気で一生を過ごしていく。
それは誰もが望むことだろう。
でもそうあり続けるなんて不可能だ。
生きているから病気もするしケガもする。
年もとる。
そのすべてを含めて人が生きていくということなのだと思う。
そこには悲しみもあれば喜びもある。
そして、涙が笑顔に変わっていくこともあるのだ。
支援学校のバスが到着した。
「いってらっしゃい。」
お母さんが少年に手を振った。
僕も一緒に手を振った。
「全集中」
今日も頑張って生きていこうと思った。
(2021年2月9日)