迎えの車に乗り込んですぐのことだった。
彼女はハンドバッグの中から小さな袋を取り出して僕に渡してくださった。
僕へのお誕生日プレゼントだった。
ラッピングされた袋の中には手のひらにすっぽり収まるくらいの大きさのものが入っ
ていた。
「夜になったら、紐の反対側の小さなスイッチを3回押すのよ。3回だからね。」
彼女は自分のも一緒に購入されたらしくてとても詳しく説明してくださった。
弱視の彼女にもとても眩しい強い光の出るライトだった。
「1回目が強い光、2回目が弱い光、3回目が点滅、4回目がスイッチオフ。」
彼女は僕がちゃんと記憶できるまで数回繰り返して説明された。
すぐにリュックサックにつけるようにと付け加えられた。
「夜遅くに帰ることがあるでしょう。ちゃんと押してね。」
僕はそうすることを約束した。
彼女と僕はたまに会ってコーヒータイムをするお付き合いだ。
視覚障害ということで出会った。
彼女は終戦後に中国から単独で帰国された。
父は台湾で戦死され母は彼女を産んですぐに病死されたらしい。
舞鶴に船で帰った時のことを彼女は鮮明に記憶されている。
12歳の時のことだった。
それから生きてこられた。
生き抜いてこられた。
弟さんももうこの世を去り肉親はおられない。
残された時間を静かに受け止めて暮らしておられる。
やさしさも上品さも出会った頃とちっとも変わらない。
生きていくということが美しいことなのだと教えてくださっているような気がする。
強い光も僕には分からない。
それを知っている彼女は僕にスイッチの回数を教え込もうとされたのだ。
僕が夜道を安全に歩けるようにと考えてくださったのだ。
大切に使っていきたいと思った。
ライトはきっと僕の心まで照らしてくれるに違いない。
(2021年1月7日)