数歩歩いただけで気づいた。
足の裏の感触で気づいた。
ほんの少しだけ靴が沈むような感覚だった。
雪!
僕は立ち止って腰をかがめた。
手袋を外してそっと指先を地面に触れた。
人差し指が愛おしそうに白色を撫でた。
濡れた指をズボンで拭いて息を吹きかけた。
暖かさを確認してからまた白色を触った。
見えないということは見られているということに気づかない。
いいことなのかどうかは分からない。
人の目を気にせずに行動してしまうことがある。
実際には通行人もおられただろう。
でも僕の中では僕と白色だけが存在したのだ。
それからバスに乗車したが、僕の脳はどんどん白色の世界を旅した。
大学生の頃に雪を見たくて出かけた冬の北海道を思い出した。
友人と二人で10日間ほどの旅だった。
ただただ雪に会いたくて出かけた。
深夜に走る鈍行列車や駅の待合室をホテル替わりに使っての旅だった。
体力も気力も満ち溢れていたのだろう。
一緒に旅したあいつは元気にしているのだろうか。
あいつが撮ってくれた写真を僕はしっかりと憶えている。
釧路から北へ向かう線路のどこかの無人駅で下車した。
一面の新しい白色の中で身体を大の字にして寝ころんだ。
真っ白の中で空を見上げていた。
うれしいのか悲しいのか自分でも分からない涙が一筋こぼれたのを憶えている。
それなのに大の字の写真の僕は満面の笑顔だった。
懐かしい記憶が僕にささやく。
「見えていたんだよね。」
確かめるように思い出させるように僕にささやく。
喜ばせるためなのか悲しませるためなのか僕にささやく。
今も昔も真っ白な雪が大好きなのは間違いないことなのだろう。
(2020年12月18日)