鹿児島県で少年時代を過ごした僕にはいくつかの台風の思い出がある。
台風がくるとなれば雨戸の準備をした。
父ちゃんは針金を使って家のあちこちの戸をくくった。
僕はきっと足手まといだったのだろうけど父ちゃんの作業の手伝いをした。
ろうそくの灯りだけで夜を過ごしたこともあった。
風のうなり声に怯えて眠れなかったこともあった。
近所の河が反乱したこともあった。
家の瓦が飛んでいったこともあった。
幼馴染の家が倒壊したこともあった。
家の前で泣きじゃくっていた彼にかける言葉がなかったことも憶えている。
毎年のように台風を経験しながら大人になっていった。
慣れていながら、その怖さも身体にしみ込んでいるのだろう。
今回の台風はこれまでに経験したことのないものだとのことだった。
数日前からトップニュースで報道された。
幾度も警鐘が鳴らされた。
台風が迫ってきた夜も僕は毎時に流れるNHKのニュースを聞いた。
高校時代に毎日見ていた川内川の様子、聞き覚えのある町名なども流れた。
不安でなかなか眠れない夜を過ごした。
朝起きるなり、いくつか電話をかけてみた。
大切な人達の元気な声が聞こえた。
その声だけでほっとした。
声が聞こえただけで笑顔になった。
それからいつものようにホットコーヒーを飲んだ。
いつものコーヒーをとても美味しく感じた。
(2020年9月7日)