3月の中頃だったと思う。
僕の胸ポケットから「ありがとうカード」が消えた。
サポートしてくださった人に感謝を伝えたい気持ちは変わらない。
でも、手渡しでカードを渡すのは失礼になるかもしれないと思い始めたのだ。
サポートを受けること自体がソーシャルディスタンスを守れない。
手から手にカードを渡すのはもっと危ないことになるのかもしれない。
実際、サポートの声は街中から少なくなった。
僕だけが感じているのではなくて、障害者の仲間も同じ感想を持っていた。
社会が冷たくなったのではない。
お互いに遠慮をしているのだろう。
まだ点字ブロックの状況が把握できていない烏丸駅で迷ってしまった。
「一緒に行きましょう。どこまでですか?」
中年男性は普通に声をかけてくださった。
僕は桂まで、彼は大阪までだった。
僕は彼の肘を持たせてもらって一緒に改札を入り、一緒に電車に乗った。
わずかな乗車時間に僕達はいくつかの会話を交わした。
何気ない会話だった。
桂に電車が到着して、彼は僕の降車を手伝ってくださった。
「ありがとうございました。」
「気をつけて。」
それだけの人生の交差だった。
たったそれだけの豊かな交差だった。
僕は胸ポケットにカードを入れていなかったことを悔やんだ。
きっと、以前みたいに簡単には渡せないだろう。
でも、タイミングが合った時はやはり渡したいと思った。
しっかりと感謝を伝えたいと思った。
サポートを受けられなくなった社会になれば僕達は生きていくことが大変になる。
だからこそ、伝えなければいけないこともあるのかもしれない。
また明日からとりあえずカードを胸ポケットに入れて外出しよう。
(2020年6月19日)