めったに利用しない駅だった。
駅の構造は何も分かっていなかった。
僕は躊躇なくサポート依頼を駅員さんに告げた。
駅員さんは慣れておられた。
エスカレーターは大丈夫かと尋ねられたので何でも大丈夫と答えた。
エスカレーターに乗るのも降りるのも僕達は息が合っていた。
「椅子に座りますか?」
駅員さんは急ぎ足で歩きながら尋ねてくださった。
「立っていて問題なしです。」
僕は電車が到着するまでのわずかな時間くらい平気だった。
「どうぞ。」
それでも駅員さんがおっしゃってくださったので僕は座ることにした。
椅子を白杖で確認して座ろうとした。
瞬間、電車とホームの間に見事に落ちてしまった。
幸い、僕のサポートの駅員さんと見守りの乗務員さんが両脇におられたので瞬間的に
引き上げてくださった。
ケガはなかった。
エスカレーターでホームに着いた時点で電車は到着していたのだった。
僕はそれを分かってはいなかった。
駅員さんが座るかと尋ねてくださったのは電車の中でという意味だった。
電車の到着を待つと思った僕は、ホームの待合の椅子に座ると思ってしまったのだ。
白杖で確認して椅子と思ったのは電車の乗り口だった。
そこに足を出してしまったのだから見事に落ちてしまったのだ。
勘違いで起こってしまったことだった。
駅員さんは幾度もケガがないかと尋ねてくださった。
大丈夫ですと僕は恐縮して答えた。
勘違いしたことを申し訳ないと思った。
毎年のように視覚障害者のホーム転落のニュースが流れる。
原因のひとつは方向を勘違いして動いてしまうことらしい。
慎重に動いているつもりでも起こってしまう。
それが見えないということなのだろう。
用事をすませて、バスと電車を乗り継いで地元の駅に着いた。
いつもの半分のスピードで恐る恐る歩いていた。
「一緒に行きましょうか?」
女性の声がした。
彼女の肘を持たせてもらった瞬間、本当にほっとした。
恐怖がまだ身体のどこかに残っていたのだろう。
僕は改札口で彼女にしっかりとお礼を伝えて歩き出した。
勘違い、きっとまたいつかどこかで起きるだろう。
助けてくれる人がいるかいないか、そこで運命が分かれてしまうのかもしれない。
そんなことを考えたらまた怖くなった。
とりあえず、頑張るしかない。
もっと慎重にもっと集中して動かなければとあらためて思った。
(2019年11月30日)