最低気温が15度になった日、半そでからスーツに衣替えした。
僕のスーツはほとんどが襟の立ったスタンドカラータイプだ。
若い頃はジーンズなどラフな格好が多かった。
いろいろな会議に出席したり人前で話をするような機会が増えて、
ちょっとは格好も気にしなければならなくなった。
失礼にならないようにというのが一番の理由だ。
スーツは上下が同じ生地で同じ色なので中のシャツは何でもいい。
見えなくても自分でコーディネイトがしやすい。
元々ネクタイは窮屈な感じがして好きではなかった。
そこでこのスタイルにたどり着いたということだ。
半年間眠っていた上着に袖を通したらなんとなく背筋が伸びるような気になった。
秋が始まったと感じながらバス停まで歩いた。
「松永さん、おはよう。スーツになったなぁ。よう似合うで。」
バス停に着いたらご婦人が声をかけてくださった。
「おはようございます。やっと涼しくなりましたね。」
僕は照れ笑いをしながら挨拶を返した。
「模様かと思ったらひっつき虫やん。」
ご婦人が僕に近寄っておっしゃった。
「ほんまにいっぱいつけて。」
別のご婦人が言いながら取り始めてくださった。
ちょっとの距離を歩いただけだったが、たくさんのひっつき虫を付けていたらしい。
もう一人も加えて3名のご婦人が取ってくださった。
「男前やしひっつき虫もようけい付いてきたんやなぁ。」
笑いながら取ってくださった。
「美女3人がかりで取ってもらえて幸せやろ。」
「はい、その通りです。」
僕は恐縮して答えた。
「3人とも後期高齢者やけどな。」
その部分ではつい笑ってしまった。
笑いながらしみじみとうれしくなった。
見えない僕と見える地域の人達、
僕はご婦人達の顔も名前も知らない。
さりげない秋の始まりの中に一緒に生きている。
ただそれだけなのに、つくづくと幸せだと思った。
(2019年10月11日)