バスを降りたところで声をかけてくださった。
「先生、一緒に行きましょうか?」
「ありがとうございます。肘を持たせてください。」
僕は彼女の肘を持った。
僕達は駅に向かって歩き始めた。
彼女の歩幅は僕の半分くらいで、歩くスピードもとてもゆっくりだった。
彼女は駅の反対側から別のバスに乗るとのことだった。
整形外科への通院の途中で僕を見つけてくださったのだ。
僕のことを先生とおっしゃったのでどこでお出会いしたかを尋ねた。
地元での講演会で話を聞いてくださったらしい。
きっと僕の苗字までは憶えてはおられないのだろうと思った。
いつもは階段を利用している駅なのだが、僕達は自然にエレベーターに向かった。
エレベーターの中で彼女の息が乱れていることに気づいた。
エレベーターを降りてからはもっとスピードを落とした。
ゆっくりとのんびりと歩いた。
改札口の近くまで着いたので彼女の肘を離した。
「熱中症に気をつけてくださいね。ちゃんと水分補給をしてくださいね。
本当に助かりました。ありがとうございました。」
僕はしっかりとお礼を伝えた。
「先生もお気をつけて。
たまにお見掛けしているんですよ。」
彼女はうれしそうに返事をしてくださった。
僕は再度お礼を伝えてホームに向かった。
予想通り、予定の電車に乗り遅れた。
ホームでしばらく佇んだ。
夏の空気を感じた。
乗り遅れたことへの残念な気持ちはまったく起きなかった。
回り道や寄り道が豊かさにつながるのかもしれないと再認識した。
男性の平均年齢が81歳だとの今朝のニュースを思い出した。
そこまでいけるとしたらあと19年ある。
のんびりと生きていくのも大切なことなのだとなんとなく思った。
彼女が教えてくださったのだなと感じた。
(2019年8月1日)