いつも白杖を前方で左右に動かしながら歩いている。
この左右というのは僕自身よりも少しだけ広めの幅だ。
その部分に障害物がなければいいわけだ。
路面に触ることで段差や坂道も検知できる。
そして白い色で目が不自由ということを社会にアピールしている。
視覚障害者の人が白杖を持つようになってから他人とぶつかることが少なくなったと
いう声はよく耳にする。
白色に気づいた目が見える人達が避けてくださっているのだろう。
本当に素晴らしい道具だと感じる。
この白杖がなかったら、その使い方を教えてもらわなかったら、
こうして毎日一人で出かけるということはなかっただろう。
見えなくて歩くなんて想像できなかったし、
見えなくなった最初の頃は恐怖感でいっぱいだった。
見えないで歩いているのではなくて、白杖で見ながら歩いているという感じかな。
ただ、目のようには優れてはいない。
触った部分しか分からないから目前のものしか分からない。
空中に飛び出したものなどもどうしようもない。
でも、それだから分かることも実はある。
今朝、いつもの道で頭に新しい葉っぱが当たった。
昨日までは何もなかった。
勿論、一晩で僕の身長が伸びたわけではない。
新しい葉っぱが成長して枝が少し垂れ下がってきたのだろう。
目が見えたら無意識に避けて歩いているはずだ。
僕の頭に触ってくれたから僕は葉っぱの成長に気づけた。
誰も知らないことを僕だけが知ったような気になった。
ちょっと得をした気になった。
僕は新しい葉っぱを触って内緒話するみたいにこっそりつぶやいた。
「ありがとう。」
それからまた白杖を左右に振って歩き出した。
(2019年5月9日)