毎年、前期の木曜日は忙しい。
午前中に専門学校、午後に大学での仕事がある。
バスと電車の乗り換え回数が10回を超えてしまうし移動時間も3時間以上となる。
朝出かける時に気合を入れて出発する。
気の緩みは事故につながる。
僕は目が見えないんだと自分自身に言い聞かせて歩き始める。
言い聞かすことで少し背筋が伸びる。
視線も足元から一歩前にいくような感じだ。
今朝も予定通り桂駅までバスに乗った。
桂駅からは阪急電車だ。
烏丸駅で下車して地下鉄に乗り換える。
朝の烏丸駅は特に混んでいる。
慎重に歩く。
白杖が他の人の足に引っかかったりしたらいけない。
エスカレーターを下りて改札までは点字ブロックもないので足音だけが頼りだ。
感だけの世界ということになる。
緊張感もマックスの場所だ。
「一緒に行きましょう。」
彼女の手の甲は声と同時に僕の手の甲に触れた。
僕は瞬時にそこから手を上にスライドさせて彼女の肘を持った。
一番分かりやすい方法だ。
混雑している場所でゆっくりは話せない。
「ありがとうございます。視覚障害者に慣れておられますね。」
歩きながらの会話だった。
「貴方に教えてもらったのよ。今日で4回目。」
彼女は笑いながらおっしゃった。
僕が地下鉄、近鉄と乗り換えることも知っておられて、そのままそちらに向かった。
京都駅までは経路が同じだったので一緒に地下鉄に乗車した。
空いてる席を探してくださって一緒に座った。
「またいつものカードですけど。受け取ってください。」
僕は感謝を伝えながらポケットからありがとうカードを取り出して彼女に渡した。
電車が京都駅に着いた。
「私もいい一日になりそう。またいつかきっとお会いしましょう。」
彼女はそう言って降りていかれた。
彼女がどんな顔をされているのか、どんな服装なのか知らない。
何歳くらいなのか、何をされておられる方なのか、何も分からない。
分かっているのは人間だということだけ。
これまで4回出会って、5回目があるのかも分からない。
分からないということも幸せのひとつなのかもしれない。
(2019年4月19日)