団地ではいつもエレベーターを使用している。
エレベーターの前に着くと柱の左側を触ってボタンを探す。
2個の丸いボタンが縦に並んでいて上が上方向のボタン、下が下方向のボタンだ。
僕にも押せる。
エレベーターに乗ると出入り口の左の壁に行先ボタンがあって点字表記もある。
数字はちゃんと書いてあるし、閉めるボタンには「しめ」と書いてある。
僕にも楽に使えるのだ。
点字を勉強していて良かったと思う瞬間でもある。
今日もいつものように1階に降りるために下のボタンを押して待っていた。
エレベーターが到着してドアが開く音がした。
エレベーターのドアはシースルーらしいが僕には分からない。
上がる時に同乗者があるのはたまにあるが、下りる時にはほとんどない。
だから、つい誰もいないと思って乗り込んでいる。
ところが今日は先に乗っている人がいた。
突然、しかも思いっきり乗り込んだのだからぶつかりかけた。
「おっとっと。」
先に乗っていた男性が声をかけながら僕の身体を支えてくださった。
「すみません。」
僕は慌てながら声を出した。
「大丈夫ですよ。1階ですね。」
彼は笑いながら僕の行先を確認してくださった。
エレベーターが1階に到着して、僕が先に降りた。
後から降りた彼は僕の横に並ぶと、前の道路までのサポートを申し出てくださった。
僕は有難く彼の肘を持って歩いた。
「団地の方ですか?」
僕は歩きながら尋ねた。
「違います。荷物の配送業者です。」
それだけの会話だった。
道路に着くと僕はお礼を伝えて歩き始めた。
やがて彼がトラックのドアを開ける音が聞こえた。
僕はその横を歩いて行った。
それから大きな声が僕の後ろから追いかけてきた。
「良いお年を!」
僕は振り返って頭を下げた。
満面の笑みで頭を下げた。
深々と下げた。
こんな爽やかな気持ちで一年を終えられる。
人間っていいな。
うれしすぎて涙がこぼれそうになった。
(2018年12月30日)