時間は16時を過ぎたくらいだった。
僕は午前午後と別々の場所での会議を終えて、三つ目の会議の会場に向かっていた。
疲労度も高くなっていた。
四条大宮から乗車したバスは満員だった。
どこか空いてる席があれば座りたいと思ったがすぐにあきらめた。
頭上のつり革にしがみついて立っていた。
三つ目のバス停で酔っ払いの男性が乗車してきた。
「ハロー ハロー レディースアンドジェントルマン!」
彼は上機嫌だった。
「ハロー ハロー、ほんまによう飲んだわ。」
声や話しぶりからして僕と同世代だろう。
京都のバスは後方のドアから乗車して前方のドアから降車するようになっている。
彼も周囲の乗客に話しかけながら少しずつ前に移動を始めた。
勿論、誰も相手にしなかった。
それでも上機嫌の彼は楽しそうだった。
「ハロー ハロー 酒はいいなぁ。」
彼は狭い通路をよたよたしながら僕の横まできて僕の肩をたたいた。
「ハロー ジェントルマン」
アルコールの匂いがプンプンしていた。
僕も返事はしなかった。
彼はしばらく僕の横に立っていた。
それから突然僕の手を取って椅子の背もたれに誘導した。
「シットダウン シットダウン プリーズ!」
混雑しているバスの中で僕の前の座席は空いていたのだ。
誰かが空けてくださったのかもしれない。
白杖の僕に気づいて他の乗客は遠慮されたのかもしれない。
でも僕には空いていることは分からなかった。
僕は座った。
それから彼の顔の方を見て少し大きな声で言った。
「ありがとう。」
「オーケー オーケー」
彼はうれしそうに笑って僕の左手を両手で包んだ。
そして1秒くらいだったがギュッと握った。
手を離してからは彼はまた前に動き始めた。
「ハロー ハロー レディースアンドジェントルマン!」
彼は相変わらずで歩いていった。
なんとなくだけど車内の空気は少し変化したように感じた。
「おっちゃん、上機嫌やなぁ。飲み過ぎたらあかんで。」
今度は前方のおばちゃんが相手をした。
「2軒行ったんや。これから3軒目に行くねん。酒はいいなぁ。」
彼は次のバス停で降りていった。
「サンキュー おつりはチップやで。」
おつりを返そうと運転手さんがマイクで呼びかけたが彼はそのまま歩いていった。
きっと外でもハローと言いながらヨタヨタしながら次のお店に向かったのだろう。
僕は久しぶりにとっても幸せな気分になっていた。
「おっちゃん、ありがとう。」
心の中でもう一度つぶやいた。
(2018年11月3日)