教師をしていた彼女を病魔は突然襲ったらしい。
ゴール目前で退職を余儀なくされたということはさぞかし無念だっただろう。
「どの子供にも平等にと思っていたのでついついいつも全力で仕事をしていました。
身体が悲鳴をあげているのに気づかなかった。
教え子にはどんなことがあっても前を向いて生きていくように話していました。
だから、失明した自分が下を向いたまま生きることができませんでした。」
彼女は言葉少なに語った。
懐かしそうに語った。
その言葉が僕の胸に突き刺さった。
それはそのまま僕の人生だった。
見える頃僕は児童福祉の仕事に携わっていた。
大好きな仕事だった。
ほとんど見えなくなってしまって仕事を辞めた時はぬけがらみたいになっていた。
悔しさと悲しみで幾度も心が折れそうになった。
「人生、何があってもしっかりと前を向いて生きていきなさい。」
子供達に話していた言葉がそのまま自分にふりかかった。
やっとの思いで前を向いてやっとの思いで足を前に出した。
少しずつ少しずつ歩いていった。
あれから20年の歳月が流れた。
ふとしたきっかけで僕は電話で彼女と話をした。
そしてたまたま偶然、それぞれの似通った人生を振り返った。
彼女は僕を先生と呼んだが僕はそんな偉い人ではない。
視覚障害者としては僕の方が少し先輩なのだろう。
僕が社会に発信している様々なメッセージに共感するとおっしゃってくださった。
仲間にそんな風に言われるのは何よりも光栄なことだと思っている。
彼女は言葉を選びながらゆっくりと話をされた。
語り口には気品があって声には力が宿っていた。
教師時代を彷彿させるものがあった。
素敵な先生だったのだろうなと思った。
「今度どこかで出会ったら握手してください。」
僕は彼女にお願いした。
お互いの生きている幸せを分かち合いたいと思った。
(2018年10月30日)