ここ数日は7時過ぎに家を出て夜に帰るという日々が続いていた。
今日もそうだった。
ちょっと疲れていたのかもしれない。
午前中の小学校での4時間の福祉授業を終えてから次の目的地に向かった。
関わっている法人の理事会に出席するためだった。
間に合った。
大切な会議にしっかりと参加できて充実感もあった。
2時間の会議を終えて帰路についた。
たまにしか歩かないその道は誘導のための点字ブロックが路面に埋もれていた。
劣化してしまっているのだ。
慎重に白杖で確認しながら歩いた。
スーパーで買い物をして帰るつもりだった。
突然携帯電話が鳴った。
僕は道の端に動いて電話をとった。
大切な仕事の電話だった。
検討課題について意見交換する電話だったのでちょっと長電話になった。
電話を切って驚いた。
方向が分からなくなってしまっていたのだ。
白杖で点字ブロックを探そうとしたができなかった。
自分が歩道にいるのかさえ分からなくなっていた。
横を何台ものトラックが走り抜けた。
僕は恐怖感で動けなくなった。
僕の小心者はこういう時に役に立つ。
ここで動いてしまえば事故につながることになるのかもしれない。
きっと誰かが気付いて助けてくれる。
僕は自分に言い聞かせてただ立ちすくんだ。
しばらくして声が聞こえた。
「お手伝いしましょうか?」
若い男性の声だった。
僕は声とほとんど同時に彼の肘を持たせてもらった。
肘を持った瞬間、助かったと思った。
僕は迷子状態で恐怖の中にいたことを伝えた。
彼は僕の目的のスーパーまで案内すると言ってくれた。
僕は遠慮は全部捨ててお願いすることにした。
恐怖感が大きかったのだろう。
歩き始めてすぐに彼は21歳の大学生だと自己紹介した。
そして境谷小学校4年生の時に僕の話を聞いたと教えてくれた。
アイマスク体験がとても怖かったと僕を包むように言ってくれた。
今も小学校に行っているかと尋ねられたので今日も午前中に行ってきたと返事した。
彼は喜んでくれた。
11年前にきっと出会っていたであろう少年は逞しい青年になっていた。
思いを込めて蒔いた種がこうして発芽していることを心からうれしいと感じた。
僕はスーパーの入り口で彼にお礼を伝えて別れた。
買い物を終えて帰りながら、今日の午前中の小学校の児童の質問を思い出した。
「もし見えるようになったら何をしたいですか?」
僕はしばらく考えてから答えた。
「思いっきり走りたい。」
そして付け加えた。
「もし見えたらって尋ねる時に、尋ねる人の心の中には、
見せてあげたいって気持ちがあるらしいよ。
ありがとう。」
今日出会った小学校の子供達の中から、
10年先にきっと今日のような若者が出てくる。
そう思ったらまた元気が出てきた。
明日もまた小学校の福祉授業だ。
希望を抱きしめて、子供達に会いに行こう。
(2018年9月12日)