彼女は突然何の前触れもなく車を道の左側に停車させた。
そして僕が乗っている助手席側の窓を全開にしてから質問した。
「この匂いわかりますか?」
鼻をピクピクさせている僕に彼女はうれしそうに言った。
「くちなしの花ですよ。」
それだけ言うと車を動かし始めた。
彼女は仕事の休みの日など時々僕の移動のボランティアをしてくれている。
長い付き合いの中で僕が興味を示すものなどが判ってきたのだろう。
一週間もしない今日、別のボランティアさんと買い物に行ったら、
お店の近くの道端で突然止まって質問された。
「この匂いわかりますか?」
鼻をピクピクさせている僕に、彼女はうれしそうに言った。
「くちなしの花。」
僕は花を触らせてもらった。
僕にはくちなしの花の映像の記憶はない。
渡哲也さんの歌なら知っている。
でも見た記憶はなかった。
真っ白な花びら、
黄色い花粉は料理にも使われるそうだ。
もっとたくさんの花の名前を憶えておけばよかったと後悔もある。
でも見えなくなっていく時はそれどころではなかった。
花の名前は知らないけれど、
咲いている命をうれしく感じるようになった。
そして、見えない僕に季節の移ろいを伝えようとしてくれる人がいる。
幸せなことだと思う。
(2018年6月26日)