雨で道が混んでいた。
タクシーはなかなか進まなかった。
桂川駅に着いたのは13時50分だった。
14時に京都駅で関係者と待ち合わせの約束だったが遅れることを覚悟した。
それでも気持ちは焦っていた。
点字ブロックを手掛かりにしながら人波を避けて歩いた。
やっと階段を見つけて急いで降りた。
降りたホームの左側が京都方面だ。
もう何百回も利用しているのだから身体が憶えている。
「大阪方面行の電車が到着します。」
反対方向を案内する放送が流れた。
あわてん坊の駅員さんが間違ったんだなと思った。
僕は到着した電車に乗ってすぐに関係者に電話をかけた。
「10分程度遅刻します。すみません。」
わずかの遅刻で済んだと胸をなでおろして手すりを掴んだ。
緩やかな空気に身体もくつろいでいた。
「次は向日町です。」
車内に流れたアナウンスが僕を恐怖感の中に突き落とした。
間違っていたのは僕だったことがやっと理解できた。
どこでどう間違ったかさえ判らなかった。
向日町駅でいつもより慎重に白杖で電車とホームの隙間を確認して降りた。
そして足音に向かって声を出した。
すぐに若い男性が立ち止まってくれた。
僕は間違ってしまった事情を説明した。
そして京都方面行ホームへの移動のサポートをお願いした。
僕の表情は引きつっていたかもしれない。
彼は階段を降り地下道を通って反対側のホームまで連れて行ってくれた。
僕に話しかけながらゆっくりと歩いてくれた。
やがて京都方面のホームに着いた。
僕は点字ブロックとホームの端を確認してから彼にお礼を伝えた。
「頑張ってください。」
彼はそう言って僕から離れた。
そして数歩進んで振り返って笑いながら言った。
「頑張ってくださいは変ですよね。お気をつけて。」
彼の笑顔が僕の不安を飲み込んだ。
やっと平常心を取り戻したような気がした。
僕は右手でバイバイをしながらニヤリと笑った。
そしてありがとうとつぶやきながら京都行の電車に乗車した。
(2018年6月24日)