網膜色素変性症という病気は夜盲の症状を伴うことが多い。
夜盲というのは暗い状態、場所では光を感じることができないという症状だ。
一定の明るさ、量がないと光を認識できない。
網膜の光に対しての感度が鈍いということなのだろう。
夜は街頭の近くだけが見えていて、そこから少し離れると何も見えなくなった。
電気スタンドの下では文庫本の小さな文字も問題なかったが、
一度消すと何も見えない状態になった。
明るい場所から薄暗い喫茶店に入ったり、映画館に入った時なども大変だった。
月は見えていたのに星は見えなかった。
その頃はそれなりの工夫をしながら生活していたのだろう。
家族や友人達に助けられていたのは間違いない。
蛍が飛んでいると聞いてもそれは見えなかった。
ある時父ちゃんが蛍を一匹虫かごに入れてくれた。
見えるはずがないと思いながら暗い部屋で虫かごを見つめた。
じっと見つめた。
淡い薄黄緑色の光が強くなったり弱くなったりしているのが見えた。
見間違いではないかと思って幾度か繰り返した。
やっぱり見えた。
その美しさに呆然となった。
時を忘れて見入った。
それから蛍が飛び交うという場所を数回訪れたがだめだった。
それでも虫かごに入れてもらった蛍はやっぱり見えた。
蛍の季節になるとその淡い薄黄緑色の光が乱舞する映像を想像した。
つい先日も同じ街に住む友人から小川のほとりで蛍を見たと連絡があった。
あの頃と同じように淡い薄黄緑色の光の乱舞を想像した。
あの頃と同じようにうれしくなった。
いやひょっとしたらあの頃よりもうれしくなった。
伝えてくれる人がいるということが幸せなのだろう。
見せてやりたいと思ってくれた父ちゃんと同じなのかもしれない。
(2018年6月4日)