バス停で一緒になった彼女は僕の乗るバスを尋ねた。
僕の乗る予定のバスは彼女が乗る予定のバスと同じだった。
バスが到着して僕は乗り込んだ。
僕の後ろから乗車した彼女はすぐに僕の腕を持って優先座席に案内した。
ただ足元はおぼつかなかった。
「おやすいごよう。」
そうつぶやきながら彼女は僕の隣に座った。
咲き始めた桜の話が皮切りだった。
もうすぐ90歳とのことだった。
仲良しだった友人は皆老人ホームに入所してしまったらしい。
それが原因で外出の機会はとても少なくなったようだ。
通院と買い物だけが外出の機会らしく、今日は買い物とのことだった。
数年前まで出かけたお花見の話題もあった。
ただ、どの話題にも家族は登場しなかった。
お一人暮らしなのが伺えた。
淡々と切なく流れる時間の中に彼女の暮らしがあった。
「網膜症って知ってるか?」
突然彼女は今朝のニュースの話題になった。
iPS細胞のニュースだったらしい。
「もうちょっと頑張りや。見れるかもしれんからな。」
どこの誰かも知らない彼女が心のこもった言葉を僕にくださった。
「頑張ります。」
僕は笑って答えた。
いつかそんな日があったら、
桜の花弁を1枚手のひらに乗せて、そっと見てみたい。
小さな小さなお花見だ。
それから青い空を見上げて彼女にありがとうって言おう。
誰にも気づかれないように、そっと。
(2018年3月29日)