まだ17時前だった。
急いでいるつもりでもなかった。
考え事をしていたわけでもなかったと思う。
それでもきっと何かが微妙に違っていたのだろう。
バスを降りて駅へ向かう僕の身体は歩道の左側の電柱にぶつかった。
身体が左を向いていたか白杖が右に寄り過ぎていたかのどちらかだ。
驚いたけど痛くはなかった。
久しぶりにぶつかったなと思いながら次の一歩を踏み出した。
バターン。
今度は派手な音がした。
白杖が停めてあった自転車に触れてしまったらしい。
僕は白杖を地面に置いて自転車を起こそうとした。
走り寄ってくる足音が聞こえた。
「大丈夫ですか?」
彼女は心配そうに僕に尋ねた。
それからまた別の男性が近寄ってきた。
「自転車は僕が直します。」
彼は手際よく自転車を起こしてくださった。
最初の女性は白杖を拾ってグリップを僕の右手に握らせてくださった。
そしてその僕の右手をしばらく包むように握ってくださった。
きっと言葉を探しておられたのだろう。
少しの時間が流れた。
「気をつけて行ってらっしゃい。」
思いもかけぬ言葉が彼女の口から発せられた。
夕暮れ時には不似合の言葉だった。
でも勿論僕はちゃんと返事をした。
「ありがとうございます。行ってきます。」
(2018年2月23日)