小雪のちらつく夜だった。
僕達は初対面だった。
彼女はテレビのドキュメンタリー番組で僕のことを知ってくださったらしい。
ただそれだけなのにわざわざ会いに来てくださった。
僕が尾道市に宿泊していることを知って来てくださったのだ。
瀬戸内海に浮かぶ小島から仕事を終えて来られたので21時を過ぎていた。
玄関先で立ったまま挨拶をして握手をしてわずか数分の出会いだった。
名前もおっしゃらなかった。
彼女はレモンを僕に渡すとすぐに帰っていかれた。
島でできたレモンだった。
京都に帰り着いてからレモンの輪切りを口に入れた。
レモンが口中に広がった。
幸せが口中に広がった。
これからレモンに出会う度に行ったことのない瀬戸内海の小島を思い出すのだろう。
やさしい光を思い出すのだろう。
彼女は見えなくなった僕に光を届けてくださったのだ。
届ける思いは時間も距離も越えてしまうのを知った。
(2018年2月14日)