いつものように白杖を左右に振りながら歩いていた。
もうすぐバス停というところで挨拶の声が聞こえた。
「おはよう。」
「おはようさん。寒いね。」
しかも二人の女性がほとんど同時だった。
僕は白杖で点字ブロックを確認しながら御礼を言った。
「おはようございます。ありがとうございます。」
彼女達の挨拶には僕にバス停を教えようという気持ちが含まれていた。
それはタイミングや声の調子で伝わってきた。
バス停を通り過ぎてしまう僕を見た経験を持っておられるのかもしれない。
僕はお二人が誰なのか判っていない。
きっと近所の人達だろう。
引っ越してきてからの3年という時間は僕を少し街の風景に溶かしてくれたのかもし
れない。
「寒いけどお日さんはだいぶあったかくなったね。」
「立春を過ぎたからね。」
お二人はそれぞれに僕に語りかけてくださった。
しばらくして別の足音がバス停に近づいてきた。
足音は僕の横で止まった。
「おはよう。立春が過ぎたせいか少し春が近づいてきたね。
お日さんがまぶしい。」
彼は笑いながら話してくださった。
彼が誰なのかはやっぱり僕は判ってはいなかった。
女性達と男性は見識はなさそうだった。
点字ブロックに立つ僕の左側には先程の二人の女性、右側には男性、
きっと皆人生の先輩達だろう。
僕達はバスがくるまでのほんのわずかな時間、やさしい光に包まれた。
それは寒さの中のぬくもりだった。
人間の社会の豊かさをしみじみと感じた。
光を浴びながら立春が過ぎたのを実感した。
(2018年2月7日)