いつものように朝の難関で立ちすくんだ。
信号のある横断歩道を渡らなければいけない。
見えない僕は車のエンジン音で信号の色を判断する。
失敗は許されないのだから、とにかく集中する。
自信が出るまでは動かない。
例え気持ちが急いでいても動かない。
こうして事故にあわないでこれたのはそのへっぴり腰のたまものだと思っている。
今朝も自信がなくてなかなか渡れずにいた。
車の通行量が少な過ぎて、
停止したエンジン音が青の始まりなのか終わりに近づいているのかが判らなかった。
周囲に人の気配もなかった。
時間が流れた。
きっと数回の色の変化があっただろう。
「青になっていますよ。」
反対側から渡ってきた方が声をかけてくださった。
やっと通行人と出会えたのだ。
「ありがとうございます。助かります。」
僕は渡り始めた。
「今、点滅になりました。」
後ろからさっきの方の声が聞こえた。
「大丈夫です。ありがとうございました。」
僕は前を向いたまま大きな声で感謝を伝えながら歩いた。
反対側にたどり着いて、振り返って深くお辞儀をした。
見えなくなって白い杖を持ち始めた頃、
その姿を想像して悲しくなった。
見られたくないと思った。
時間というのは不思議なものだ。
いつの間にか白杖を好きになっていった。
へっぴり腰ではいつくばって生きている自分を好きになっていった。
深々とお辞儀をしながら生きている自分自身の生き方を好きになっていった。
(2017年8月6日)