僕の住んでいる団地の近くに温泉がある。
徒歩で10分くらいだろうか。
この近さなのに見えない僕にはとても遠い。
自宅でも出張先のホテルでも入浴に困ることはない。
ホテルではたまにボディソープやシャンプーやコンディッショナーの容器の見分けに
失敗するくらいだ。
これもほとんどは友人やホテルスタッフの目を借りて対応している。
教えてもらった時にシャンプーの容器に輪ゴムをかけたりしているのだ。
尋ねることを怠った時や輪ゴムを忘れて記憶で対応しようとした時に困るのだから、
目の問題ではなくて対応力の問題ということになる。
ところが温泉は目が必要だ。
構造も広さもいろいろあって他のお客さんもいらっしゃる。
しかも全員が裸なのだからそこを白杖で当たりながら移動するということはできない。
いつしか温泉は行けない場所となった。
仕方がないとあきらめている。
先日、目が見える後輩がその温泉に連れて行ってくれた。
5年くらい前に父ちゃんに連れて行ってもらって以来だった。
「やっぱり温泉は気持ちいいなぁ。」
湯船に足を延ばしながらつぶやいた。
つぶやいた言葉が生きていた頃の父ちゃんの言葉と重なった。
確かに父ちゃんもそうつぶやいていた。
それに気づいた瞬間に涙がこぼれた。
やっぱり温泉はいいなぁ。
幸せになった。
(2017年7月25日)